B-06. 犬も喰わない

小十郎は冷茶を乗せた盆を手に持ち、廊下を歩いていた。中庭ではまだ政宗と幸村が手合わせをしている筈だ。二人共、剣を交えると少々熱くなりすぎるきらいがある。中庭は夏の日差しが照り付けてひどく暑い。小十郎は頃合いを見計らって席を外し、茶の用意をして戻ってきたのである。

だが、中庭の方から何やら言い争う声が聞こえ、小十郎は眉を顰めた。

「揉め事か…?」
小十郎は足を止め、中庭の様子を窺った。

政宗の不機嫌そうな声がする。
「大体、お前はいつもお館様お館様って、一体俺と武田のオッサンとどっちが大事なんだよ」

それを聞いて、幸村も拳を握り締めながら大きな声を出す。
「なっ…お館様の事をオッサン呼ばわりとは、いくら政宗殿でも無礼でござるぞ!なら某も言わせて頂くが、政宗殿こそ何かにつけ小十郎小十郎と、片倉殿の事ばかり申されているではないか!某と片倉殿、どちらが大切なのでござるか!」

政宗がうっ、と返事に詰まる。二人の遣り取りを聞いて、小十郎は益々眉を寄せた。十九と十七の大の男が、まるで子供のような言い争いだ。

「痴話喧嘩か…」

「犬も喰わない、ってね」
後ろからいきなり声がした。小十郎がはたと振り返ると、いつの間にか佐助が立っている。
「てめえか…いつから居た」
「あの二人が手合わせを始めた頃からずっとね」
「何が原因なんだ?この言い争いは」
「んーもう、話すのも馬鹿馬鹿しいくらい些細な事でさー。ま、喧嘩する程仲が良い、ってね」

小十郎と佐助は揃って、中庭の二人の方を見た。政宗は少しばつの悪そうな顔をしているし、幸村も詮無い事を言ってしまったというように、苦い顔をしている。

「どーする?片倉の旦那。助け船を出してやるかい?」
「いや…これ以上は野暮だ。行くぞ」
小十郎は佐助に、この場から去るよう促し、自分も踵を返して歩き去った。
「へーいへい。んじゃ俺様も消えるとしましょうかね」
佐助もその場から風のように姿を消した。

後に残された二人は暫く黙っていたが、そのうち政宗が幸村に小さな声で何か言った。幸村は頷き、政宗の方に歩み寄った。

中庭に伸びる二つの影はやがて一つに重なり、辺りは静けさを取り戻していった。


2009/10/16 up

バカップル…(爆
「俺とあいつとどっちが大事なんだ」って由無し事を言わせてみたかっただけです。