B-08. 春暁一刻値千金

どこからともなく雲雀の囀る声が聞こえ、政宗は目を覚ました。障子の向こうからは柔らかな朝日が射し込んでいる。

「朝か…」

ふと顔を横に向けると、幸村が政宗に背を向ける格好で安らかな寝息を立てている。いつも朝の目覚めが早い幸村が、政宗よりも遅くまで寝ているというのは珍しい事だ。

「幸村?」

呼びかけてみたが起きる気配は無い。熟睡しているようだ。まあ考えてみれば幸村は、自分の居た上田から不眠不休で馬を駆り、ようやく昨日奥州に着いたばかり。そして昨夜は暁方まで政宗と睦み合っていたのだから、流石に疲れも出るというものだ。

「幸村…」

政宗はそっと、幸村の首筋から伸びる一房の長い髪に触れてみた。髪はさらりと政宗の指の間を滑ってゆく。その感触に気付いてか気付かずか、幸村が小さくうーん、と声を出す。

「…起きたのか?」

返事は無い。仕方ねえ、もう少し寝かせてやるか、と政宗が思った瞬間、幸村がごろんと寝返りを打ち、政宗の鼻先に幸村の腕が飛んできた。

「うわ!…危ねぇな」

政宗は身体を起こし、幸村を見下ろした。見事に大の字になっている。掛布団は剥げ、一糸纏わぬ躰が露になっている。いつも二言目には破廉恥だ破廉恥だと騒ぐ男が随分いい格好じゃねえか、と政宗は呆れたように鼻を鳴らした。

「やれやれ…」

まるで大型犬だ、と思いながら政宗は幸村の臍の辺りに手を伸ばした。毎日欠かさず鍛練をしているのだろう、鍛え上げられた腹筋。だが腰の辺りにはまだ少年らしい線の細さが残っている。政宗はついと指でなぞってみた。

「ん…」

擽ったかったのだろうか、幸村が軽く身を捩った。微かに唇が動いたが、何を言ったかは分からない。起きている時とはまた違った、あどけない寝顔。政宗はゆっくりと顔を近付け、頬に唇を寄せた。

「ん…ん」

刹那、幸村が身体を動かした。政宗の首の後ろに腕を回し、政宗の身体を引き寄せてしがみ付く。

「お…おい、起きてんのか?」

思いがけない事に政宗は驚いたが、返事は無い。寝惚けて無意識のうちにやっているのだろう。起きていれば、幸村がこんな大胆な事をする訳は無い。

「ふ…ん…」

幸村の口から、鼻にかかった甘く柔らかな声が漏れる。普段聞かれぬ艶めいた声に、政宗の興がそそられる。

「何だ…随分と好い声が出るじゃねえか」

軽く微笑って、政宗は幸村の首筋から鎖骨の辺りまで舌を這わせた。そしてゆっくりと下腹部のほうまで動いてゆく。もう陽も高い、起きていれば大騒ぎをして抵抗するだろうが、眠っている今は微かに身を捩るくらいで大人しいものだ。幸村の反応が見られないのは少々残念だが、これはこれでまた違った趣がある。

「…んん…」

敏感な部分を責められて、その感触に幸村が薄く目を開いた。しばらくぼんやりと天井を見上げていたが、すぐに我が身の違和感を感じ取り、がばと上体を跳ね起こした。

「よお、お目覚めか?」
「な、なな、な、何をなされておる!!!!!」

自分の脚の間に居る政宗の顔を見て、幸村は顔を真っ赤にし、大いに動揺して叫んだ。

「何…って、見りゃ分かんだろ。気持ち良かったか?」
「こ、ここ、このような朝方から、な、なな、ななな、なんと破廉恥な事を申されるかっ!!」
そう言うと幸村は二、三歩後退りをした。その瞬間に無意識に立てた膝が、政宗の顎を跳ね上げた。

「痛っ…てぇ、…てめえ」
政宗は顎を押さえて、幸村を睨みつけた。幸村は傍に落ちていた掛布団を身に巻き付け、狼狽えながら言った。

「も、申し訳ござらぬ!…しかし、元はと言えば政宗殿が悪うござるぞ!某が寝ている間に不埒な事をなさるなど…不謹慎極まりないでござるっ!!」
「…言いてぇことはそれだけか」
「ま…まだまだあるでござる!…しかしもうこんなに陽が高く昇っているではござらぬか!早く起きぬと片倉殿もご心配召されるでござる!」

息を切らせながら幸村が畳み掛けるように言う。掛布団に包り縮こまる幸村に向って政宗がじりじりと迫る。幸村は達磨のような格好で後ずさりをしていったが、やがて壁にぶつかった。

「Ha!後がねぇなあ。どうするよ?」
政宗はいとも楽しげに言い、幸村の身に纏わりついている掛布団を掴んで引き剥がした。

「なっ、何をされるっ!」
「…寝ている間に勝手にしたのが悪いってんなら、起きてりゃいい、って事だよなぁ」
「ま、またそのような屁理屈を…」
幸村の抗議も聞かず、政宗は無遠慮に幸村の身体を押し倒した。やはりこうでなければ面白味に欠ける。嫌だ嫌だと言いながらもやがては政宗を受け入れる、それまでのささやかな抵抗を楽しむのもまた一興だ。

「さっきみたいに甘えてこいよ…」
「そ、某、そのような事をした覚えはござらぬ!」

先程とは一変して、色気もへったくれも無い声を出す。さてどうすればもう一度あんな声が聞けるだろうか、と考えながら政宗は自分の身体を幸村の上に重ねた。

「政宗様」
障子の向こう側から声がする。小十郎だ。余りに遅いので様子を見に来たのだろう。すわ天の助けと幸村が障子の方に手を伸ばし、何か言おうと口を開く。政宗はすかさず幸村の口を手で塞ぎ、小十郎に向かって言った。

「今取り込み中だ。後にしろ」

暫し間があったが、御意、と答える声がした。足音が遠ざかってゆく。頼みの綱も切れ、幸村は諦めたように大きな溜息をついた。

「そんなに嫌か?…嫌いか、俺の事が」
政宗はわざと答えの分かり切った事を訊いた。幸村は口を尖らせ、顔を赤らめてかぶりを振った。

「嫌いなら…わざわざ会いになど、来ぬでござる…」

政宗は幸村の言葉を聞くと、不敵な笑みを浮かべた。幸村はそれを観念したように見上げ、呟いた。

「政宗殿には、敵わぬでござるよ…」

幸村は文句を言うのを止め、目を閉じた。幸村の唇に政宗の唇が重なる。幸村はゆっくりと政宗の背中に手を回し、政宗の熱を受け入れた。


2009/10/22 up