C-03. 鷸蚌の争い

「幸宗ちゃんもだいぶ大きくなったねえ」

佐助が感慨深げに呟く。その言葉を聞きつけ、政宗は息子の方を見やって目を細めた。

「まこと、赤子の成長とは早いものでござるな」
政宗の隣で茶を飲んでいた幸村も顔を上げ、同じく我が子を見た。

「目元なんかは真田の旦那に似てるんじゃない?」
「そうか?しかし、鼻筋や口元などは政宗殿にそっくりでござる」

幸村と佐助のやり取りを聞きながら、政宗は少し口の端を上げた。幸宗ももう一歳半か…この間生まれたばかりだと思っていたが。父親の欲目かもしれないが、幸宗は利発な子供だ。一歳を過ぎた頃にはつたい歩きを始め、今では自分から政宗の膝に上がり、無邪気な笑顔を向けたりする。屈託がなく人懐こい性格は幸村に似たのだろう。とにかく幸宗は、政宗にとっても幸村にとっても自慢の息子だった。

そんな愛くるしい幸宗を囲んでの平和な昼下がりだったが、佐助の一言でその空気は一変した。

「そろそろ、お喋りを始める頃なんじゃない?最初の言葉は何だろうねー」

共に口元を綻ばせていた政宗と幸村の表情が変わる。佐助がしまった、と思う前に二人が矢継ぎ早に口を開く。

「俺の名前に決まってんだろ」
「いや、某の名でござる!」

政宗も幸村も互いに一歩も引くつもりはない。幸宗を間に挟んで、身を乗り出しながら主張する。

「幸宗は俺の子だぞ!」
「某が生んだのでござる!」
幸村にそう言われ、政宗はうっ、と言葉に詰まった。流石にそれを言われてしまうと返す言葉がない。しかし、政宗にも父親としての矜持がある。何より幸宗が可愛くてたまらない。自分の名より先に幸村の名を呼ばれてしまってはとても悔しい。

「ま、まあまあ旦那方。そう熱くならないでよ」
佐助が慌てて仲裁するも、二人は聞く耳を持たず、静かに火花を散らす。

と、間に座っていた幸宗が、政宗と幸村の顔を交互に見、口を動かした。
「あー、あー」

「なっ、まさか、喋る…のか?」
「ゆ…幸宗?」
政宗と幸村、それに佐助も加えた三人の間に緊張が走る。

「幸宗、俺の名前を言ってみろ。政宗だ、ま・さ・む・ね!」
「いいや幸宗、某の名を呼ぶでござる。ゆ・き・む・ら、でござるよ!」

幸宗は暫く政宗と幸村の顔を交互に見やっていたが、くるりと後ろを振り返り、おもむろに言葉を発した。

「こーじゅ、こじゅー」

ええっ、と驚いた政宗と幸村が幸宗の視線を辿ると、その先には、ずっと黙って後ろに控えていた小十郎が居た。
「おお、幸宗様、お腹が減ったのですか?それとも、おねむですか」
小十郎はすっと立ち上がると、幸宗を抱き上げた。
「それではこの小十郎が寝所にお連れ致しましょう。ああ、お眠りになる前におむつを取り換えましょうな」

失礼致します、と頭を下げ、小十郎は幸宗を抱いて部屋を出た。後に残された政宗と幸村は、共に同時にがくっと項垂れた。
「God damn…やられた…」
「ま、まさか片倉殿の名を最初に呼ぶとは…この幸村、一生の不覚ッ!」

だがそれも仕方がないといえば仕方ない。なにしろ、政宗が政務に追われている時や、幸村が毎日欠かさず鍛練をしている時など、ずっと幸宗の傍に居て面倒を見ているのは小十郎だ。しかもあの強面からは容易に想像できないが、意外に小十郎は赤子の面倒を見るのが上手く、幸宗もよく懐いている。

「ま、まあまあ旦那方、そう気ィ落とさないで。次はきっと二人の名前も呼んでくれるって」
佐助の励ましも虚しく、政宗と幸村はいつまでも深い溜息を吐いていた。




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幸宗の寝所に向かう小十郎は、主君を差し置いて幸宗が自分の名前を最初に呼んだ事に対して罪悪感を持ちつつも、思わずにやりと口角が上がるのを止められなかった。

小十郎もまた、幸宗が可愛くて可愛くて仕方がない。



2009/10/11 up

戦国バサラジオ第1巻のドラマ「霖雨の章」を聞いて即思いついたネタ。
小十郎が赤子あやすの上手いとか何ソレめっちゃ萌える!!
政宗様と幸の子ならさぞや可愛いだろう〜とかもう妄想暴走しまくり。ドラマCD、GJ!
…しかし、政宗と幸村の子だから幸宗って、どんだけ安易なネーミング…orz