D-04. message to you

「あーもう、参ったなあ…」
幸村は難しい顔をして教科書に顔を埋めながら廊下を歩いていた。ぶつぶつと独り言を言いながら足を進めていると、誰かにぶつかった。

「Hey、余所見してんじゃねえよ」

幸村がはっと顔を上げると、目の前に政宗が立っていた。
「あ…すみません、政宗先輩」
「なーに小難しい顔してんだよ?」
政宗は幸村が手にしていた教科書を覗きこんだ。
「…音楽?」
「はい…実は明日、歌のテストがあるんです…」

幸村達の通う高校では、芸術科目が選択制になっており、美術・音楽・書道の中から一つを選ばなくてはならない。音楽ならば、クラシックのCDを聴いたり、ベートーベンとかモーツァルトについてちょっと勉強するくらいで済むから楽だろう、などと安易に考えて選択した幸村だったが、予想外の落とし穴があった訳だ。

「Ha!んなモン選択してっからだ」
「政宗先輩は、何を選んだんですか?」
「俺は書道だ」

なるほど、それは確かに合っている、と幸村は思った。器用な政宗ならば、書道もそつなくこなすだろう。自分もそうすれば良かったか、とも思ったが、政宗と違って不器用な自分には蚯蚓がのたくったような字しか書けそうにない。どっちにしろ救いようがないな、と思い、幸村は大きな溜息を吐いた。

「で、どこに行くんだよ?帰らねえのか?」
政宗に訊かれて幸村はこくり、と頷いた。
「音楽室に…。鍵を借りてきたんで、ちょっと一人で練習しようかと思って」
政宗は顎に手を遣り、ふーん、と声を出したが、しばしの後、にやりと笑って言った。
「じゃ、俺も付き合ってやるぜ。観客が居た方が張り合いがあるだろ?」

幸村は飛び上がらん程に驚いた。額からぶわ、と汗が噴き出す。
「そっ、そんな、絶対ダメです!誰かに聴かせられるようなもんじゃないんですから!」
「What?何言ってんだよ、どうせ明日、大勢の前で歌わされんだろ。だったら今から度胸つけとけよ」
そう言うと、政宗は問答無用に幸村の腕を掴んで引っ張ってゆく。音楽室の鍵を開けて中に入ると、机の上に鞄を放り投げて、席に座った。

「ここ、座れよ」
政宗が自分の向かいの席を指さす。幸村は眉を寄せながら、しぶしぶ席についた。
「ンな渋い顔すんなよ。他には誰も聴いちゃいねえんだから。遠慮なく歌え」
政宗は机に肘をつき、にやにやと笑いながら幸村を見ている。どう見てもからかって楽しんでいるとしか思えない、と幸村は口を尖らせたが、歌うまでは解放してもらえそうに無い。

ええいもうどうにでもなれ、と、幸村は半ば自棄気味に、課題曲を歌い始めた。政宗はしばらく黙って聴いていたが、やがて額に手を当てて下を向き、やれやれというように頭を振った。幸村はそんな政宗の様子を見て、顔を真っ赤にした。

「だっ、だから駄目だって言ったじゃないですか!」
「…俺は別に何も言ってないぜ?」
「態度に出てます!」
幸村は思わず椅子から腰を浮かせ、拳を握りしめた。政宗は肩を竦めた。
「まぁ…いいじゃねえか、別に。上手下手は別として、元気があって、お前らしいと思うぜ?」
「先輩…褒めてません、それ」

幸村はあからさまに不機嫌な顔をした。嫌だと言ったのに、いつも政宗先輩は強引なんだから…と思う幸村の心の中に、ちょっとした仕返しが浮かんだ。

「そう言う先輩は、どうなんですか、歌」
「Ha?俺は別に、音楽の授業をとってねえし、関係ねぇだろ」
「…もしかして、音痴だ…とか?」

政宗の片眉がぴくりと上がる。幸村に顔をずい、と近付け、徐に幸村の顎を掴みながら言った。
「俺を挑発してるつもりかよ?」
幸村はどきりとしたが、今日は出した言葉を引っ込めるつもりは無い。政宗の視線を外しながら、たどたどしく言葉を続ける。
「べ、別に、ただ、俺の事を言う前に、ま、政宗先輩は歌えるのか、と思って」

幸村の涙ぐましい、ささやかな抵抗だった。顔を赤くして膨れっつらをする幸村の様がなんとも可愛らしく政宗の目に映る。政宗は鼻先で笑い、そのまま幸村の耳の傍に顔を近付けた。

「だったら、歌ってやるよ」

そう言うと政宗は幸村の耳元でゆっくりと歌い始めた。政宗の吐息が耳にかかり、幸村は少しどきりとした。低く甘やかな声が心地よく幸村の耳に響く。幸村はゆっくりと目を閉じ、しばしその声に聞き入った。

「存外、上手いだろ」
政宗の声に、はっと我に返った幸村は慌てて目を開けた。幸村の眼前で政宗が微笑している。
「う…上手かった、です」
自分がからかわれた事も忘れ、幸村は思わず素直な感想を述べた。政宗は満足げに目を細めた。

「政宗先輩、なんていう曲なんですか、今の」
「Ah…?BEATLESくらい知ってんだろ?」
「い…イエスタディくらいなら…」

政宗はふっと笑った。
「まぁ、お前ならそんなところか」
幸村が再び口を尖らせる。
「教えて下さいよ」

「…I should have known better」

「え?」
「お前、英語の成績、悪いだろ」
「…余り良くはないです…。どんな意味の歌なんですか?」

政宗はじっと幸村の目を見つめた後、ふいと顔を逸らした。
「さあな。教えねぇよ」

幸村はちょっと不満気な顔で政宗の方を見た。だが幸村からは政宗がどんな表情をしているのかは見えなかった。
「先輩、ずるい、です」

政宗は下を向いたままそっと微笑し、小さく呟いた。
「知らなくていいぜ、まだ、な」



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「I should have known better」 by THE BEATLES

I should have known better with a girl like you
That I would love everything that you do
And I do, hey, hey, hey, and I do

Woh, woh, I never realizes what a kiss could be
This could only happen to me
Can't you see, can't you see

That when I tell you that I love you, oh
You're gonna say you love me too, oh
And when I ask you to be mine
You're gonna say you love me too

So I should have realized a lot of things before
It this is love you've gotta give me more
Give me more, hey, hey,hey, give me more

Woh, woh, I never realized what a kiss could be
This could only happen to me
Can't you see, can't you see

That when I tell you that I love you, oh
You're gonna say you love me too, oh
And when I ask you to be mine
You're gonna say you love me too

You love me too
You love me too ・・・・


ちっとも知らなかった 君みたいな娘に出会ったら
なにからなにまで好きになっちゃうって
そうさ 君に首ったけなんだ

ちっとも気づかなかった こんなに素敵なキスを
僕だけが味わえるようになるなんて
そうだよ わかるだろ

愛してるよって言うと
君もあいしてると答えてくれる
僕のものになってほしいと言うと
君もあいしてると答えてくれる

僕はなんにもわかっちゃいなかったんだ
もしもこれが恋なら 僕を愛して
そうさ もっともっと愛しておくれ

ちっとも気づかなかった こんなに素敵なキスを
僕だけが味わえるようになるなんて
そうだよ わかるだろ

愛してるよって言うと
君も愛してると答えてくれる
僕のものになってほしいと言うと
君も愛してると答えてくれる

君に愛されてるんだ
君に愛されてるんだ


Lyrics from 「ビートルズ歌詞全集」


2009/10/19 up

甘々すみません…(汗)ココアに砂糖5杯入れて飲んでるみたいだ…ちょっと胸やけ(ウエップ