D-08. Miss you, Baby

「あれー?幸ちゃん、まだ起きてたのー?」

キッチンの片づけを終えた佐助がリビングに行くと、幸村はソファの上で、膝を抱えて座っていた。
もう深夜一時を回っている。いつも夜は早く寝て、朝早く起きる幸村がこんな時間まで起きているというのは珍しい事だ。何か面白い深夜番組でもやっているのかと思ったが、テレビはついていなかった。

「いくら金曜の夜だからって、夜更かしダメだよ。俺達、成長期なんだからさー」

「あ…うん、もう寝るよ」
幸村は佐助の顔を見てそう言ったが、また視線を床に向け、ふう、と小さく溜息を吐いた。
佐助はそんな幸村の様子を眺めつつ、さり気無く尋ねた。
「そういえば、最近、政宗先輩に会ってんの?」

幸村はぴく、と体を動かした。佐助の方をちらりと見たが、また視線を戻した。
「いや…最近、色々と忙しいみたいで」
「ふーん、大学生ってそうなの?なんか、サークルとかコンパとかで遊んでばっかってイメージがあるけどねー」

それを聞いて、幸村は少し口を尖らせた。
「政宗先輩はそんな事ないよ。ゼミとか、研究室に行ったりとか、課題とかで大変なんだって。…まあ今日は、ゼミの人達と飲みに行く、ってメールが来たけど」

なーるほどね、それが原因か、と思いながら佐助は腕組みした。三月に政宗が高校を卒業し大学生になってから、幸村と政宗が顔を合わせる機会は格段に減っている。今までは同じ学校に居たから、会おうと思えばいつでも会いに行けた。だが今政宗の通う大学は幸村の家とは反対方向で、近所で偶然すれ違うような事もない。

「幸ちゃんの方から会いに行けばいいんじゃない?」
「それは駄目だ!…政宗先輩に迷惑がかかる」

忙しい、というのを聞いて遠慮しているのだろう。幸村はそういう性格だ。でも、会いたいなら会いに行っちゃえばいいのに、変なところで真面目で融通きかないよねえ、と佐助は思った。

「まあとりあえず、俺様もう寝るわ。幸ちゃん、リビングの電気、忘れずに消してね」
「あ…ああ、うん。おやすみ佐助」

じゃーねー、と佐助はひらひら手を振り、自分の部屋へと歩いて行った。佐助の後姿を見送って、幸村はまた一つ、溜息を吐いた。確かに佐助の言う通りだ。会いたいなら自分から会いに行けばいい。けれど最近はメールを送っても1行か2行くらいの素気ない返事しか来ず、「今度の休日、会えますか?」と尋ねても「悪ィ、忙しくて無理だ」と、にべもなく断られてしまう。

もしかして自分は嫌われたのだろうか。それとも、大学に入って、誰か好きな人でもできたのだろうか。そんな事ばかりを考えてしまい、幸村はじわ、と涙を浮かべた。

「ダメだダメだ、暗くなってちゃ!…俺ももう寝よう!」
幸村が顔を上げた時、テーブルの上の携帯が鳴った。
「メール…こんな時間に誰だろう?」
携帯を開いて着信を見る。政宗からだった。

『まだ、起きてるか?』

たった一言、それだけのメール。幸村は慌てて返事を打った。
『起きてます。どうしたんですか?』

間を置かず、すぐに返事が来る。
幸村はそれを見て驚いた。

『今、お前ん家の前』

携帯を閉じ、慌てて玄関に向かう。ドアを開けて外に出ると、政宗が門に寄りかかって立っていた。
「ま、政宗先輩、どうしたんですか、こんな時間に」
「飲み会の帰り。…終電、行っちまってさ。家に帰るよりもお前ん家の方が近かったんで、な。始発で帰るから、少し休ませてくれ」

幸村は政宗の顔を見上げた。少し酒の匂いがする。忙しいと言っていたのは本当らしく、疲れた表情をしていた。
「と、とにかく中へどうぞ、先輩」
「Sorry、悪ィな」

政宗はリビングに入り、ソファに腰掛けた。背もたれに深く寄りかかって、大きく息を吐いた。
「政宗先輩、お水…要りますか?」
幸村が冷えたミネラルウォーターを手渡した。冷やりとした感触が心地よく政宗の手に伝わる。政宗はそれをゆっくりと口に運んだ。

「少し、飲みすぎたか」
政宗は額に手の甲を当てながら呟いた。幸村がちら、と政宗の顔を見ながら言う。
「…未成年」
「ばぁか、今時そんくらい、普通だろ」
そう言いながら政宗は欠伸をした。余り寝ていないのか、少し目が赤い。
「俺、タオルケット持ってきます。あの、遠慮なく、横になって下さい」

幸村は自分の部屋に行き、タオルケットを手にしてリビングに戻った。政宗はソファに深く腰掛けたまま、目を閉じていた。幸村はそっと政宗の傍に行き、身体の上にタオルケットを掛けた。

とその時、政宗の手が幸村の腕を掴んで引っ張った。うわ、と小さく声を上げて、幸村は政宗の隣に尻餅をつく形で座った。政宗は目を閉じたまま、幸村の膝の上に自分の頭を乗せた。

「ま、まま、政宗先輩!?」
幸村は慌てたが、政宗の頭が膝の上に乗っているので身動きを取ることができない。ふと目線を下げると、政宗の端正な寝顔が目に入る。余りに間近に政宗の顔を見て、幸村は自分の顔が赤く染まるのを感じ、思わず横を向いて目を逸らした。

「…嘘だ」
政宗が呟くように言う。
「え?」
「終電が行ったとか、嘘だ。ただ…お前の顔が見たかっただけだ」
幸村は目を瞠ってもう一度政宗の顔を見た。
「まさ…むね…先輩?」

返事は無い。政宗は既に柔らかい寝息を立てている。半分無意識に言ったのだろう、多分起きた時には記憶に無いに違いない。幸村はそっと政宗の髪を撫でてみた。起きる気配は全く無い。幸村の膝に頭を預け、安心しきって眠っているようだ。

幸村は小さく微笑した。顔が見たかった、自分と同じ想いを政宗が持っていてくれた事がただ嬉しかった。さっきまでの重苦しい気持ちが、幸村の心の中からすうと消えていった。膝に政宗の温もりを感じながら、幸村もゆっくりと目を閉じ、そのまま優しい眠りに落ちた。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−




朝、目を覚ました佐助は小さく欠伸をしながらリビングへ向かった。

「あれー幸ちゃん、結局リビングで寝ちゃったの………って、あれあれ、お客様?」
佐助は、幸村の膝の上で眠る政宗を見ながら言った。

「さ、佐助…」
「ん、どうしたの?」
「足が…痺れて…動けない…」

幸村が身を震わせながら佐助に向って手を伸ばしてくる。佐助は頭の後ろに手を組んで、ふっふーん、と笑いながら言った。
「知らないねー。先輩が起きるまで、そうしてれば?」

早起きの幸村と違い、政宗の目覚めは遅い。幸村はいましばらくの間、足の痺れと闘わなくてはならなかった。


2009/10/13 up