D-12. Gambling Activity

幸村は自分の手札を眺め、眉を寄せていた。役はワン・ペア、どう考えても勝率は低い。先に十勝した方が勝ち、というルールなので、ここで負ければ既に九敗している幸村の完全敗北が決定する。ああ、あんな約束をするんじゃなかった、と幸村は後悔しながら、再び手札に目を遣り、更に難しい顔をした。

「Hey、お前にはポーカーフェイスってもんができねえのかよ?どんな手だかバレバレだぜ」

政宗が鼻先で笑う。既に勝利を確信しているのか、ソファに深くもたれかかり、余裕の笑みを浮かべて幸村を見ている。

「最初に言った通り、負けた方が勝った方の言う事を何でも聞くんだからな」

「ま、まだ勝負は分かりませんよ!」
そうだ、もしかしたら政宗のカードは何も揃ってないかもしれない、そうしたら自分にもまだ望みはある。絶対に勝って、今日こそ政宗に自分の事を好きだと言わせてやる、と、幸村は拳を握った。

「政宗先輩、勝負ッ!」
勢いだけは良く、幸村はカードを開いた。スペードとハートのジャックが並んだ幸村の手札を見て、政宗は口許を上げながら自分の手札を机の上に開いた。
「フルハウスだ。悪ィな。俺の勝ちだ」

それを見て幸村はがくっ、と頭を垂れた。この人は、勉強もできてスポーツ万能、おまけに眉目秀麗、その上更に勝負事にまで強いのか、ちょっとずるい、と幸村は唸った。

落ち込む幸村を後目に、政宗は上機嫌で言った。
「Hey、幸村、約束」

幸村は口を窄めて顔を上げ、目の前の政宗の顔を見た。
「な、何をすればいいんですか」
「とりあえず、こっちに来い」
政宗が自分の隣を指さす。幸村は素直に立ち上がり、向い側のソファに移動して、政宗の隣に腰を下した。

「来ました。…それで」
幸村は膝の上に両手を乗せて畏まっている。政宗は背もたれに肘をつき、顎に手を遣りながらその様子を可笑しそうに見ていたが、おもむろに自分の唇を指さした。

「…?」
幸村は不思議そうな顔で政宗を見た。すると政宗は深くもたれていたソファから身体を起こし、少し前のめりになって幸村の唇を指さす。

「………?」
益々意味の分からない幸村は小首を傾げて怪訝そうな顔をした。政宗はやれやれ、まだ分かんねえのかよ、というような顔で苦笑し、幸村の唇に向けた指を、もう一度自分の唇に戻して二、三度軽く叩いた。

「……………!」
そこでやっと、政宗のジェスチャーの意味に気がついた幸村は、思わず顔を赤くした。お前からしろ、という事か。いつも唇を重ねる時は政宗の方からばかりで、幸村からした事は一度も無い。というか相変わらず奥手で純情な幸村にそんな真似ができる訳がない。政宗にはそれが少々不満だった。だから勝負事を持ちかけて、幸村の方から口付けさすように仕向けてやろう、と画策したのだった。

「そっ、そんな事…!!」
「できねえ、って言うのか?約束だろ?何でも言う事聞くって。お前、いつも言ってるじゃねえか、男に二言は無い!って」
「う…。そ、それはそうですけど…でも…」
しどろもどろになって顔を赤らめる幸村を見て、政宗は実に楽しそうに目を細めた。いつまで経っても初心な反応を見せる幸村は可愛いし愛しくてたまらないが、困った様子を見るのもまた一興だ。

「嫌とは言わせねえからな」
政宗はちょっと不遜な態度で言い放った。幸村は困り果て、目を泳がせていたが、やがて意を決したように政宗の顔を見据えて言った。
「…わかりました。俺も男です。男子に二言はありません!」
「OK。いい返事だぜ」

幸村は眉尻を上げて口をぎゅっと結び、政宗の方に顔を寄せてきた。これが、これから恋人に口付けようっていう奴の顔かよ、と政宗は半ば呆れながらも、幸村の次の行動を待った。

しかし、いつまで待っても幸村はそのままその位置から動こうとしない。身体は小刻みに震え、顔は紅潮し、額にじわり、と汗が滲み出してきている。極度に緊張しているようだ。政宗は小さく溜息をついた。それを見て幸村は慌てたように言った。

「す…すみません!今、今…しますから」
幸村はもう一度下を向き、小さい声で言った。
「あの…政宗先輩、目を…閉じて…もらえますか」

幸村がどんな様子で自分に口付けてくるのかを見ていたかったが、ここで嫌というのはちと酷だろう。政宗は分かった、と言うと、ゆっくり瞼を閉じた。すると政宗の肩に、幸村の手が置かれた感触があった。幸村の手は小さく震えていて熱い。全身の緊張が伝わってくるようだ。ちょっと可哀想だったか、と政宗が思ったその刹那、政宗の唇に熱く柔らかい感触があった。

触れたのはほんの一瞬。政宗は目を開けた。目の前では幸村が耳まで赤くして息を荒げている。何か大勝負でもやり終えた、そんな様相だ。
「せ…んぱい、これで、いいですか」
火照る顔に目を潤ませながら幸村が訊いてくる。政宗は腕を伸ばして幸村の身体を引き寄せ、胸元に顔を埋めさせて言った。
「…ま、お前にしちゃ上出来か。…でもな」

政宗は幸村の顎を持ち上げ、顔を近寄せた。
「KISSってのは、こうやってするもんだぜ」
政宗はゆっくりと、しかし深く、幸村に口付けた。幸村は一瞬身体を強張らせたが、緊張はすぐに解け、重ねられる政宗の唇を静かに受け入れた。

「もう一勝負どうだ?今度は、お前が勝つかもしれないぜ?」
政宗が訊くと、幸村はちょっとふてくされた顔でもういいです、と答えた。政宗は笑って、もう一度幸村の唇を包み込んだ。



2009/10/18 up

絶対に「好きだ」と言わない政宗様、どうしても「好きだ」と言わせたい幸。若いお2人さんのお話。