D-06. Hard to say I'm sorry

「佐助のばかッ!もう知らないからな!!」

怒ったような困惑したような表情の佐助を後目に、幸村は教室を飛び出した。喧嘩の発端は些細な意見の食い違い。しかし言い争っているうちにどちらも後に引けなくなってしまった。佐助はいつも冷静に、理路整然と正論を吐く。言葉では佐助に敵わない幸村はついつい感情的になってしまう。今回も口で言い負かされた幸村が感情を爆発させてしまったのだ。

「くそッ、佐助の奴…」

興奮冷めやらぬ幸村は頬を紅潮させ、口を尖らせながら屋上へと足を向けた。今は昼休み、恐らくそこには政宗が居るだろう。誰かに今の気持ちを聞いてもらいたい、政宗ならばきっと分かってくれる筈、そう思いながら幸村は屋上の扉を開けた。

「政宗先輩?」

幸村が覗くと、扉の向こうには果たして政宗が居た。壁に寄りかかって足を伸ばして座り、本を読んでいる。幸村の声に気付いた政宗は、徐に顔を上げ、幸村の方を見た。

「よぉ、どうした、そんなに息せき切って」
「え、あの、その…」
口ごもる幸村を見て、政宗は自分の隣を指さし、そこに座るように促した。
「何かあったのか?」
「え……………あの、実は…佐助と喧嘩しちゃって…」

政宗は膝の上の本を閉じ、脇に置きながら言った。
「珍しいな、お前らが喧嘩なんて。…で、喧嘩の原因は何だよ?」
「それは…あの…」

少し躊躇いつつも、幸村は政宗に、喧嘩の経緯を話し始めた。話しているうちに先程の憤りが思い出されて、ついつい語気が荒くなる。気が付いたら拳を握り締め、如何に佐助の言い分が理不尽か、という事を力強く語っていた。

「…と、いう訳なんです……」
一通り言いたい事を言い終えた幸村は下を向き、ふう、と息を吐いた。幸村が話す事を黙って聞いていた政宗は、腕を組み、幸村の顔を見ながらきっぱり言った。

「お前が悪い」

「え…!?」

思いがけない政宗の反応に驚き、幸村は顔を上げて政宗の顔を見た。絶対に自分の味方をしてくれると思っていた政宗の口からそんな言葉が出るとは。納得いかない、という様子で幸村は政宗に詰め寄った。

「なっ、なんでですか!?」
「猿飛の言い分は筋が通ってるだろ。それに対してお前は感情に走りすぎてる。まるで子供の言い草だぜ。…俺は第三者として公平な意見を言ったつもりだがな」

政宗に冷静にばっさりと一刀両断され、幸村はがくっと肩を落とした。確かに自分が悪かった事も否めない。幸村にもその自覚はある。だが流石にそこまではっきりと言われてしまうと、やはり衝撃が大きい。幸村は俯いて、深い溜息を吐いた。

「さっさと謝っちまえよ」

落ち込む幸村を見ながら、政宗が言った。幸村はつい、と政宗を見上げ、眉尻を下げた。
「…でも」
「自分が悪かったって自覚はあるんだろ?なら早く謝った方がすっきりするぜ。喧嘩なんて両成敗、先に謝りゃ向こうだって折れるさ。ましてや猿飛の奴なら尚の事な」

政宗の言う事は尤もだ。だが教室を出る前に散々、佐助に向って悪態を吐いてきてしまった。如何に温厚な佐助でも、流石に怒っているに違いない。そう思うと急に不安がこみ上げてきた。

「…許してくれないかもしれません」
目を伏せながら心細げに言う幸村を見て、政宗は少し微笑した。
「んな事ねぇだろ。謝ってみりゃ存外、簡単に仲直りできるさ。兄弟喧嘩なんてそんなモンだ」

兄弟、と言われて幸村は目を瞠った。確かに、佐助と幸村は血の繋がりこそないけれど、幼い頃からずっと本当の兄弟同然に暮らしてきた間柄だ。佐助はいつも、どこか頼りない幸村を実の弟のように面倒を見てくれたし、幸村もまた、そんな佐助を兄のように慕ってきた。二人の間には確かな絆があるのだ。このまま佐助と仲互いしたまま過ごすのは嫌だ、と幸村は首を振った。

「本当に大丈夫…でしょうか」
幸村は首を傾げて不安そうに政宗を見た。政宗は鼻先で小さく笑い、幸村の顔に手を伸ばし、そっと頬を撫でた。

「…Not to worry」

政宗に間近で見つめられ、幸村は思わず頬を染めた。だが頬に触れる政宗の手の温もりの心地良さに、不思議と不安な気持ちが薄れてゆく。幸村は目を閉じ、佐助に謝ろう、と決めて、再び目を開けた。そして目の前の政宗に、しどろもどろになりながら言った。

「せ…先輩、手…手を、離して下さい…」



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案ずるより産むが易し、と政宗に言われて、佐助に謝る機会を窺っていた幸村だったが、どうしても切っ掛けが掴めないまま放課後を迎えた。

「あれー、佐助、もう帰るのか?」
「ああ、今日はスーパーで卵が安売りなんでねー。急がないと」
後ろの方から慶次と佐助の会話が聞こえてくる。幸村はちょっと躊躇い、だが意を決して振り返った。しかし既にそこには佐助の姿はなかった。

「慶次…佐助は?」
「ああ、相当急いでるんだろうな、風のように飛び出して行っちまったよ」
「…そうか」

小さく溜息を吐く幸村の背中を、慶次が力強く叩いた。
「頑張れよっ、ゆ・き・む・ら!」
「…ありがとう、慶次」

幸村はちょっと咳込み、背中を摩りながら、慶次に向って軽く手を振り、教室を飛び出して佐助を追いかけた。が、幸村の足も速いが、佐助の足はもっと速い。廊下にも下駄箱にも、既に佐助は居なかった。

「行っちゃったのか…」

もっと追いかけてゆければ良かったが、今日は部活に出なくてはならない。幸村は仕方なく、とぼとぼと部室へ向かって行った。今日はもう佐助と仲直りするのは無理かもしれない、と諦め気味になりながら。



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幸村は玄関を開け、そっと家の中に入って行った。見れば佐助の靴がある。もう帰ってきているようだ。幸村は足音を忍ばせて廊下を歩き、リビングへと向かった。

リビングのテーブルの上を見ると、夕食の支度が整っている。皿の上には出来立てのオムライスが乗っていた。幸村の大好物のオムライス。ふと見れば、ケチャップでゆきむら、と書いてある。幸村は思わず、切なげな顔で微笑んだ。

「もう、そんな子供じゃないのに…俺」

キッチンの方から水音がする。幸村は鞄を置いて、そっとキッチンを覗いた。流しで洗い物をする佐助の後姿が見える。幸村は声を掛けようとして口を開いたが、ちょっと躊躇って声を飲みこんだ。

「…おかえり」

幸村の気配に気づいたのか、皿を洗いながら、佐助が呟いた。幸村ははっと顔を上げ、二・三歩佐助に近寄り、大声で叫んだ。

「佐助………ごめんっ!!」

佐助が水を止めて振り返る。幸村は深々と頭を下げた格好で固まっていた。佐助が許してくれなかったらどうしよう、と思うと怖くて顔が上げられない。不安と緊張の余り幸村の額から汗が吹き出し、ぽたぽたと滴り落ちていった。

「幸ちゃん、着替えといでよ。冷めないうちにご飯食べよう?」

佐助の声がする。幸村はがば、と顔を上げた。目の前には柔らかく微笑む佐助の顔がある。幸村の全身の緊張が一気に解け、体から力が抜けて、思わず笑顔がこぼれた。

「うん…ありがとう、佐助」

幸村は急いで自分の部屋へ行こうと、キッチンを出た。すると後ろからまた、佐助の声がした。

「幸ちゃん…ごめんな」

幸村は足を止め、振り返って微笑んだ。そして足早に自分の部屋へと入って行った。机の上に鞄を置いて、ベッドに腰を掛け、ふっと安堵の笑みを浮かべる。するとその時、携帯が鳴った。幸村が携帯を開くと、政宗からのメールが届いていた。

『上手くいったか?』

政宗にも色々と迷惑と心配をかけてしまった、と、幸村は申し訳なく思った。政宗が居なかったら佐助とは仲直りできていなかったかもしれない。冷たいように見えても、いつも政宗は幸村の事を想ってくれている。それを嬉しく思い、幸村は携帯を握り締めた。そして、先輩のお陰です、と政宗にメールを打った。

一方、キッチンでは佐助も自分の携帯に来たメールを眺めていた。メールには一言だけ書いてあった。

『許してやれよ』

佐助は小さく笑い、呟いた。

「ほーんと、意外とお節介だよね、政宗先輩は」


2009/10/31 up

ダテサナのつもり…だったのですが、気づいたらなんだか佐幸っぽくなってしまった…かな?(汗