G-01. タイガー&ドラゴン

※「はじめの一歩」とのクロスオーバーです。主役は殆ど千堂武士@はじめの一歩。
 ダテサナは期待しないで下さい(汗

「うーん、腹減ったあ!佐助、今日は何作ってるかな?」

部活を終え、幸村は一人、家路を急いでいた。近道をしようと、普段は通らない河原の土手の上を元気良く走る。あまり人気のない夕暮れの川べりには爽やかな風が吹いていて何とも心地良い。幸村は立ち止まり、ひとつ深呼吸をした。

「あー、気持ちいい……あれ?」

ふと土手の下に目を遣ると、何やら学生が大勢集まっており、不穏な空気を醸し出している。見たところ、集まっているのはあまり柄が良いとはいえない風体の男達ばかりだ。

「揉め事か…?」

幸村は生来、真っ直ぐで正義感の強い性格をしている。あからさまに首を突っ込んではまずいような状況でも、見て見ぬ振りというものができない。よせばいいのに、土手を駆け下りていき、男達に声を掛けた。

「あの、すみません!」
「…ンだぁ、てめぇは!?」

集まっていた男達が振り返り、幸村を睨みつける。幸村は怯まずに男達を見返して言った。
「こんな所で大勢集まってどうしたんですか?なにか揉め事でも…?」
「ガキにゃ関係ねぇ!とっとと失せな!」
男達のうちの一人が幸村の襟首をつかんで凄む。幸村は一瞬顔を歪めたが、その手を振りはらい、叫んだ。

「離せ!」

それを見て周囲の男達が一斉にざわめいて幸村を睨む。一団の頭と思しき体格の良い男が一人、他の男達の間を割って幸村に近づいてきた。
「なんだ、てめぇは。ガキの出る幕じゃねえ。失せろ。でねぇと…」

「でないと何だって言うんだ!?」
幸村は脅しにも一歩も引く気が無い。仁王立ちになって男を睨み返す。
「随分と威勢のいいガキだな。一緒に相手してやるか」
男は幸村の髪を乱暴に鷲掴んで、そのまま顔から地面に叩きつけるように引き倒した。

「う…ぐっ…」
倒された拍子に幸村の口の中が切れた。幸村は顔を顰め、血を拭いながら身体を起こした。すると、

「幸…村…!?」

聞きなれた声が自分の名前を呼ぶ。幸村が顔を上げると、そこには驚いた表情の政宗が立っていた。幸村は目を瞠って叫んだ。
「ま、政宗先輩!?どうしてこんな所に!?」

と、先程の男がにやりと笑いながら近づいてくる。
「なんだ、てめぇら知り合いか。尚更都合がいいぜ」

「コイツは関係ねぇだろうが!やるんなら俺一人をやれ!」
政宗が気色ばむ。幸村は狼狽えて政宗の顔を見た。
「先輩、どういう事ですか!?」
政宗はそれに答えず、幸村を庇うように手を出して男を睨み付けた。

「昔馴染み、ってヤツだ。伊達政宗には中学の頃から色々と借りがあってな」

男は徐に頭を掻きながら言った。そう言えば佐助や慶次から聞いた事がある。中学時代の政宗はかなり荒れていて、界隈では相当名が知れており、東 中の竜、などという二つ名まで付いていたらしい。どんな経緯かは知らないが、この男達とも何某かの因縁があるのだろう。

「俺は何も貸した覚えはねぇぜ。勝手に突っかかってきたのはてめぇらだろが」
「てめぇに無くても…こっちにはあるってんだよ!!」
そう怒鳴ると、男は政宗の後ろに居た幸村の腕を掴んで自分の方へ引き寄せ、腹部に膝を強かに叩き込んだ。

「う…ぐぁっ!!」
「幸村!!」

幸村は腹を押さえて蹲った。政宗は怒り心頭に発した様相で男に掴みかかる。
「てめぇ…畠山!!ぶっ殺す!!」

畠山と呼ばれた男は顎に手を遣り、にやにやと笑いながら言った。
「殺されるのはどっちだ…伊達政宗ぇ!!」

「ダメです!政宗先輩…!」
幸村は掴み合う二人の間に割って入り、必死に政宗を止めた。
「先輩、もうすぐ県大会じゃないですか!今何かあったら…」

確かに、政宗の所属する剣道部の県大会が近い。主将である政宗が揉め事を起こせば部全体に迷惑が及ぶ。怒りを迸らせながらも幸村の言葉を聞き、 政宗は一瞬動きを止めた。すかさず、畠山が叫ぶ。

「殺っちまえ!!」

それを合図に、後ろに控えていた二、三十人の男達が一斉に政宗と幸村目掛けて襲い来る。政宗は幸村を自分の後ろに隠すように押し遣り、盾になる ように立塞がった。

「政宗先輩!!」

幸村が叫んだ。…その瞬間。

「うぎゃあああ!!」
「ぐわあっ!」
「うわああああ!!!」

男達の悲鳴と、鈍い音が響いた。一瞬、何が起きたのか、政宗にも幸村にも分からなかった。次の瞬間、畠山の怒号が響いた。
「なんだ、てめぇはッ!!」

「やれやれ…たった二人にこんな大勢でかからんといけんとは…東京モンは随分と気が小さいんやなぁ」

政宗と幸村が声のした方を見ると、いつの間にか、二人の目の前に小柄な男が立っている。年の頃は…幸村と同じくらいだろうか、まだどこかあどけなさの残る顔。だが、小柄な男の足元には、政宗達に襲いかかって来た筈の男達が腹や顔を押さえて蹲り、呻き声を上げていた。

「誰だ、てめぇ!一体何のつもりだ!!」
畠山が怒りを露にし、小柄な男を睨め付ける。小柄な男はにやりと笑って言った。


「ワイか? ワイの名は…


千堂武士や!」


千堂、と名乗った男は鼻を擦りながら言葉を続けた。
「何のつもり…て、人が困ってるの見て、見えないフリはでけへんねや」

それを聞いて畠山が切れたように叫ぶ。
「ナメた真似しやがって…まずはてめぇからブッ殺してやるぜ!!」

そう言うが早いか、畠山は千堂に向って勢いよく拳を突き出した。が、千堂は事も無げに身をかわす。畠山が何発拳を打ち込んでも、千堂はそれを全てひらりひらりとかわしてゆく。畠山も相当喧嘩慣れしていると思しき動きだが、千堂の動きはその比ではない。

「く…くそっ、畠山さんを助けろ!全員でかかれッ!!」
後ろの男達がじりじりと千堂に迫る。千堂は不敵な笑みを浮かべて言った。

「来るんなら、早よかかってきィや。せやけど…」

男達が一斉に飛びかかる。千堂はひらりと風のように舞い、一人一人の拳や足蹴りを軽々とかわし、その顔面や腹に正確に拳を叩きこんだ。

「ごっつ痛いで!ワイの拳<ゲンコツ>は!!」

政宗も幸村も、思わず千堂の動きに見惚れていた。まるで猫科の獣のように、しなやかで無駄がなく、かつ野生の本能剥き出しの動き。しかも一人を拳一撃で確実に倒している。拳にかなりの破壊力がある証拠だ。この小柄な体のどこにそんな力があるのか、と不思議に思う程だ。

気付けば、大勢居た男達は全員、千堂の足元に這い蹲っており、立っているのは畠山一人となっていた。

「て…てめぇ、何モンだ…」

「言うたやろ、ワイは千堂武士や、て。…ま、地元じゃ、浪速の虎、なんて呼ばれとるがな」

畠山が顔を歪めてぎりぎりと唇を噛む。
「浪速の…虎だと?…ざけやがって!これで仕舞いだ!!」

畠山の渾身の右拳が千堂の顔面目がけて一直線に飛んでくる。千堂はすっと腰を落として上体を低くし、左腕を後ろに引いた形で構えた。

「あっ、危ないッ!!」

幸村が思わず叫ぶ。畠山の右拳が千堂の顔面に当たるか、と思った刹那、千堂は紙一重でそれをかわし、更に体勢を低くして足を大きく開き、左拳を斜め下から勢い良く突き上げた。

次の瞬間、辺りに重く鈍い音が響いた。畠山の顎が嫌という程跳ね上がる。大柄な身体が後ろに反り返り、二回転、三回転してどっと地面に倒れ込んだ。そのままぴくりとも身動きしない。完全に気を失っているようだった。

「どや!これがワイの…

スマッシュや!!」

左拳を天に突き上げ、千堂は高らかに哮った。誰が付けたか、浪速の虎、とはなんとこの男に相応しい二つ名であろうか。幸村は思わず感嘆の声を上 げた。

「すごい…」

「どや!すごいやろ!!ワイの必殺パンチは!」

千堂が不敵ににやりと笑う。どこか人懐こい笑顔に、幸村も思わずつられて微笑んだ。
「あの…助けてもらってありがとうございました。でも…大丈夫ですか?あんなに大勢を相手にして…」
「なんも問題あらへんよ。地元じゃいつもこんくらい相手にしとるさかいな」

鼻の頭を擦りながら平然とそう言うと、千堂は政宗の方を見て、不思議そうに訊いた。

「アンタ、どないして手ェ出さへんかったんや?」

政宗は怪訝そうに千堂を見返した。千堂は言葉を続けた。

「アンタ、相当強いやろ?ワイには分かる。なのにどないして我慢しとったんや?もう少しでこっちの兄ちゃん共々、袋叩きにされるところやったんやで」

「…助けて貰った事には礼を言うが、アンタにそんな事を訊かれる筋合いはねぇな」

「いや、あるね」

千堂の眼が鋭くぎらりと光る。まるで獲物を見つけた虎のようだ。

「今まで、これだけどついてどつかれて、まだ出会うてないねん。ワイにほんまもんの強さを教えてくれるヤツに。…アンタやったら、教えてくれそうやと思うてな?」

千堂の拳がごきりと鳴る。それを見た政宗の左眉がぴくりと上がった。幸村が慌てて二人を遮った。
「や…やめて下さい!喧嘩はダメです!政宗先輩は…」
「喧嘩やない!男と男の、正々堂々のどつき合いや!!」

千堂の迫力に気圧されて幸村は思わず怯んだ。幸村より二回り程身の丈の小さい筈の千堂が、はるかに大きく感じられる。ものすごい威圧感だ。虎の 檻に入れられたらこんな感じかと、幸村は後ずさりをした。

「戦ろう、ってのか、この俺と」

政宗の口角が軽く上がる。その言葉に驚いた幸村がはたと政宗の顔を見ると、政宗は今までに見た事も無いような好戦的な笑みを浮かべていた。

「ま…政宗先輩!」

幸村の焦りを他所に、政宗と千堂の間に静かな闘気が立ち上る。東の竜と西の虎の鋭い眼光が絡み合う。二人共ぴくりとも身じろぎもしないが、互いに間合いを計っているようだ。痛い程びりびりとした緊張感が辺りを包む。幸村は息を飲んだ。ダメだ、止めなきゃ、と思うのだがどうしても足が動かない。

政宗と千堂の拳に力が入り、微かに動いた次の瞬間。

「せ、先輩ッ!!」

幸村が思わず叫んだ。千堂の閃光のような左ジャブが、政宗の頬を掠める。拳が風を切る音が政宗の耳元で雷鳴のように轟く。当たれば只では済むまい。政宗は紙一重で避け、二・三歩後ろに下がった。

「ほぉ…よぉ避けたな。だが次はそうはいかんでぇ!!」

続け様に千堂が右拳に力を込める。政宗の頬に一筋、汗が流れていった。政宗は態勢を低くし、拳を握って身構えた。

−その時。

「うぐぁっ!?」

ばきいっ、と音がして、千堂が後頭部を押さえてその場にしゃがみ込んだ。頭を強かに叩かれて千堂は怒り狂って怒鳴った。

「誰や!勝負の邪魔すんのは!!」
「誰や、やない!ワレ、こないな所で一体何しとんねん!!!」

千堂が振り返ると、中年の男性が仁王立ちになっていた。
「や、柳岡はん!?」
「柳岡はん、やないわ!勝手に居なくなりくさりおって!!どんだけ探した思うてんねん!トレーナーに迷惑かけんなや!しかも、東京まで来て、また喧嘩かい!!」

「…喧嘩やない。男と男の真剣勝負や」
千堂は悪びれずに胸を張って言い切った。それを聞いた柳岡が、千堂の頭にもう一発拳を叩きこむ。
「何が真剣勝負や!世間ではそういうのを喧嘩ゆうねん!!」
「いってーな、ばんばんどつくな!!アホになるわい!!」

千堂が鼻息を荒げるが、柳岡は更に鬼のような形相で説教を続けた。
「ワレ、プロボクサーになる言うたやないか!!今こないな所で問題起こして、プロテストに響いたらどないすんねん!このアホンダラが!!」

「プロ…ボクサー?」

幸村が驚いた顔で千堂を見た。千堂はにやっと笑った。

「せや!ワイはプロボクサーになるんや!!」

「ほんまにその気があるんねやったら、もっと自覚を持たんかい!!」
柳岡が更にもう一発、千堂に鉄拳を喰らわせた。そして幸村と政宗の方に向って深々と頭を下げた。
「いやー、コイツがえらい迷惑を掛けたみたいで、すまんかったな」
「いえ、そんな、迷惑なんて。むしろ助けてもらったくらいで…」
幸村が慌てて首を振った。柳岡は苦笑いして、もう一度頭を下げた。
「さあ、帰るで、千堂」

千堂は不貞腐れたような顔をしていたが、渋々と柳岡の後を付いて歩きだした。だがすぐに立ち止まり、俄に政宗の方を振り返って言った。

「アンタとの勝負はお預けや。…いや、ワイがプロボクサーになったら、もうアンタと闘う事はないやろな。決着を着けられへんかったのは残念やが…」

千堂は高らかに拳を上げた。

「よう見ときや。ワイは直ぐにチャンピオンになるで!それも、日本なんて小さい事は言わへん、世界や、世界チャンピオンや!!」

「それより目先のプロテストの方が重要やろが!!」
柳岡にまた頭を叩かれて、ええ加減にせえ、と千堂が吠える。そして政宗と幸村に向って手を振り、歩き去って行った。

「…騒がしい野郎だ」
「でも、強かったです、ホントに」

政宗と幸村は暫し千堂の後姿を見送った。姿が見えなくなった頃、幸村がぽつりと呟いた。
「…俺、あんな政宗先輩、初めて見ました…」

政宗はちょっとばつが悪そうに苦笑した。
「ちょっとばかりHeat upし過ぎた。Coolにいかねぇとな。…だが」

幸村が不思議そうに首を傾げて政宗を見る。政宗は微笑しながら言った。
「負けてたかもな、あのまま戦ってたら」

幸村は答える代わりに、足元に置かれた政宗の鞄を取り上げて手渡した。
「…帰りましょう、先輩」

竜と虎、あのまま本気で戦っていたらどっちが勝っていたんだろう、と思いながら幸村は政宗と一緒に歩きだした。浪速の虎、本当に強かった。彼ならきっとプロテストにも合格するに違いない、と幸村は確信していた。

だが、やがてプロボクサーとなった千堂が、フェザー級の西日本新人王の座を獲得し、全日本新人王の座をかけてリングに上がる事になるとは、今の幸村と政宗はまだ知る由もない。

千堂武士、プロデビュー目前の頃の話である。



2009/11/30 up

タイトルの「タイガー&ドラゴン」は私の好きなクレイジーケンバンドの曲より。
「幸村も虎じゃん!」という突っ込みはスルーでお願いします(汗
千堂が好きで好きで堪らない私。愛のままに突っ走りました。すみません。