C-01. 月に叢雲、花に風

「…What!? 今何つった、幸村!?」

政宗は鳩が豆鉄砲を喰らったような表情で、その場に仁王立ちしたまま硬直した。眼前では幸村が恭しく三つ指を突いて頭を下げ、畏まっている。政宗に聞き返され、幸村は顔を上げて笑顔を見せ、力強く言い放った。

「はい、政宗殿、今宵、某が伽を致しまする!」

きらきらした瞳で政宗を見詰める幸村を見下ろしながら、政宗は額に手を当てて首を小さく左右に振った。コイツ、意味分かって言ってるのか、お伽話をするのと間違ってはいないかと、政宗は眉間に皺を寄せて険しい顔をした。

政宗が幸村と想いを交わしてから、もうだいぶ時が経っている。幸村は折りを見ては奥州に足繁く通い、政宗に会いに来ていた。だが実は、未だに深い関係にはなっていない。顔を合わせて何をするかといえば、互いの近況などを話し合ったり、刃を交えて手合わせをしたりと、なんとも色気のない逢瀬ばかりを重ねてきていたのだ。相手が色恋沙汰に疎い幸村では仕方がないと、政宗もそれなりに辛抱してはいたが、あまりの奥手振りに時々、無理にでも我が物にしてしまおうかと逸る事もあった。

そんな幸村が自分から、伽をすると言い出すとは、政宗にとって全くの青天の霹靂であった。肩を抱いただけでも赤面するような男が伽などと、随分と大胆な事を言ったもんだと、政宗は半ば呆れたように鼻を鳴らした。

「アンタ、それがどういう事か分かってて言ってんのかよ?」

幸村は膝の上に手を置いて、ぴんと背筋を伸ばし、大きく頷いた。幸村の背中で一筋の長い髪が元気よく跳ねた。

「はい!佐助から、想い交わした者同士は閨を共にするものだと教えられたでござる。それを伽というのだと。…こんな年になって添い寝などと、少々照れ臭いでござるが、それが務めとあらば、某、お相手致すでござる!」

その言葉を聞いて政宗は大きく溜息を吐いた。あの忍の野郎、どうせ教えるならもっとちゃんと教えやがれ、と、政宗は心の中で佐助に向かって毒づいた。

「…どうかされたのでござるか?」

苦虫を噛み潰したような表情の政宗を見て、幸村は不思議そうに小首を傾げた。政宗は暫し考えた後、ゆっくりと膝を折って幸村の前に屈み込み、顔を覗き込んだ。

「Hey、幸村」
「何でござるか?」
「…アンタ、根本的に勘違いしてるぜ」
「え…?」

幸村がきょとんとした顔で目を瞬く。政宗は手を伸ばし、幸村の頬を軽く撫でながら言葉を続けた。

「…伽ってのはなァ、ただ添い寝すりゃいいってモンじゃねぇんだよ」

頬を撫でられた事に戸惑い、少し顔を赤らめつつも、幸村は真摯な顔で聞き返してきた。

「な、なんと!? …では一体、どのような事をすれば良いのでござるか?」

幸村の、馬鹿が付くほど生真面目な態度に、政宗の口許が思わず綻んだ。政宗は幸村の肩を掴んで自分の胸元にぐいと引き寄せ、耳許で低く囁いた。

「アンタにその気があるんなら、俺が教えてやってもいいぜ?」

政宗が突然艶めいた声を出したので、幸村は至極焦った。だがしどろもどろになりながらも、素直に首を縦に振った。

「…某、不束者故、伽の作法も心得ておらぬでござる…。色々と行き届かず、政宗殿にはご迷惑をお掛けしてしまうが、何卒宜しくお願い申し上げるでござる」

まるで嫁入り口上だと、政宗は可笑しくなった。何も知らない純真な男を騙すようで少々心苦しいところもあるが、自ら手の中に入ってきた小鳥を逃すような真似は絶対にしないのが政宗の気質である。

「…All right」

言い放つと、政宗は幸村の身体を抱き上げた。政宗の思いがけぬ行動に、幸村は慌てふためいて足をばたつかせたが、身体がずり落ちそうになって咄嗟に政宗の首に縋り付いた。

「お、お、お、降ろして下され!」

頬を染めて身を捩る幸村を抱えたまま、政宗は褥へと足を進めた。

「…俺はもう充分すぎる程待った。今宵は退く気はねぇからな、幸村」

政宗がにやりと口許を上げた。と同時に、仄暗い政宗の寝所で、四隅に灯された蝋燭の炎が音もなくゆらりと揺らめいた。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−




褥に仰向けに寝かされて、幸村は戸惑っていた。幸村の身体の上に政宗が馬乗りになるような形で自分を見下ろしている。もしやこれは何かの勝負か、組み手の一種かと、幸村は腹に力を入れ、胸の前で両拳を握りしめた。

「Hey…間違っても殴りかかってなんてくれるなよ?」

闘志を露わにした幸村の様を見て、政宗は苦笑した。全く、コイツの脳味噌の中は隅から隅まで戦の事しか詰まっていないようだと、少し呆れながらそっと顔を近寄せた。これからその頭の中を、俺の事で満たしてやろう、と、政宗は幸村の頬を舌先で軽く舐めた。

「なッ…何をされるっ…!?」
「Shut up…静かにしな」

政宗は人差し指を幸村の唇に当て、言葉を遮った。そしてそのまま、その唇に自分の唇を重ねた。瞬間、幸村の身体が強張ったのが分かったが、政宗はそのまま深く唇を合わせて強く吸った。そっと舌を差し入れて幸村のそれに絡ませようとした瞬間、

「…ん、んーーーッ!!!」

幸村が政宗の肩を掴んで、ぐい、と押しのけた。そして、重なっていた唇を引き離し、苦しげに息を荒げた。

「何すンだよ!?」
「だ、だって、口を塞がれては、息ができぬでござる!」
「鼻ですりゃいいだろ」

幸村は今気付いた、というようにおお、と小さく声を上げた。政宗は眉間に深い皺が寄るのを感じた。奥手だ奥手だと思ってはいたが、まさかこれ程だとは。夜伽に呼ぶ女達の方が、よっぽど作法を弁えているし、大人しく政宗に身を預けてくる。例えそれが初めてで身体が辛かろうと、政宗が命じれば拒む事は叶わない。だからこれまで、政宗は抱く相手に対して気遣いをした事など無いし、ましてや、抵抗された事なぞあろう筈が無い。

幸村はというと、困惑しきった表情でおずおずと政宗の顔を見上げている。自分の身に何が起きているのかも、これからどうなるのかも分かっていないのがはっきりと見て取れる。そんな間誤ついた様子を見て、政宗は軽く苛立ちを覚えた。

「とりあえず、黙って俺に身を任せてろ」

不遜に言い放つと、政宗は少し荒々しく幸村の夜着の帯を解き、前合わせを開けた。幸村の瑞々しい肌が露わになり、薄明かりに照らし出されて浮かび上がる。政宗はその肌に手を滑らせ、首筋から臍の辺りまでゆっくりと撫で下ろした。

「く…擽ったいでござる…ッ!」

幸村が顔を顰めて身を震わせた。政宗はお構いなしに、耳の裏を舌先で愛撫し、耳朶を軽く噛んだ。

「な…ッ、そんな所を舐めないで下され…!」

幸村の顔が俄に上気して赤くなる。幸村は慌てて、政宗の腕の中から逃れるように、大きく身を捩って身体を横に向けた。

「…逃げンじゃねぇよ」

政宗は身を逸らした幸村の肩を掴み、ぐいと引き戻した。そして開けた胸元に舌を這わせたが、幸村はまたも小さく呻いて政宗を押しのける。そんな遣り取りが暫し続いた。

「て…めぇ…」

拒絶の意志を露わにされ、政宗は更に憤りを感じた。閨の中でこれ程、自分の思うようにならなかった事は今までに無い。しかも相手にしているのはか弱い女ではなく、『あの』虎の若子、真田幸村である。組み伏せるのにも相当の体力を要し、流石の政宗にも疲労の色が浮かんできた。

こうなるともう伽もへったくれも無い。政宗の頭の中では既に、愛しい相手と体を重ねるという行為では無く、刃を交えるのと等しい勝負事にすり替わっていた。秘め事が初めての幸村を気遣い、それなりの手順を踏もうと思っていたが、そんな考えは頭の中からするりと抜け落ちた。手っ取り早く我が物にしてしまえと、体格の差にものを言わせ、力任せに幸村を押さえつけてその脚を開かせた。そして無理矢理に己自身を差し挿れかけた瞬間、



うわああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーー…ッ!!!!!



広い伊達屋敷の端から端まで、天をつんざくような叫び声が上がった。静寂は破られ、眠りに落ちていた家臣達がすわ一大事と政宗の寝所に駆け付ける。

「政宗様ッ!!何事でございますかッ!?」

一番手に駆け付けてきた小十郎が障子越しに叫んだ。如何なる事態にも即対処できるようにと、夜着の上に陣羽織を着込み、愛刀を携えている。政宗からの返答が無いので、もしや賊でも侵入したかと、小十郎の胸の内に焦りが生じた。

「政宗様ッ!!!ご無事ですか!?」
「…No problem、小十郎。…入れよ」

主の無事が分かり、小十郎は小さく胸を撫で下ろした。そしてその場に両膝を付いて畏まり、障子に手を掛けた。

「失礼致します!」

障子を開け放って寝所の中の様子を確認した小十郎は、そのままその手をこめかみに当て、眉間に深い皺を寄せて長い溜息を吐いた。

小十郎の目に入ってきたのは、しどけなく開けた夜着の前合わせを手で押さえながら、腰を抜かしたような格好で壁際にへたり込んでいる幸村と、ぐったりした様子で褥の上に座り、憔悴しきったような表情で項垂れている政宗の姿だった。

「あちゃー、何があったか一目瞭然だねえー」

小十郎の背後から頓狂な声がした。振り向くと、いつの間にどこから湧いて出たのか、佐助が腕組みをして立っている。

「余計な事を抜かすな、忍」

小十郎は佐助を睨み上げ、すぐに主君の方を向き直って、ゆっくりと寝所に足を踏み入れた。佐助は軽く肩を竦めてみせ、その後同じように自分の主の元へと歩み寄って行った。

「ちょっとー、旦那ー、だいじょぶー?」
「さっさっさっさすさすさす、さすけぇぇーーー!」
「…旦那、少し落ち着きなよ、舌、回ってないよ?」

佐助はやれやれというように頭を掻きながら幸村の顔を眺めた。ふと振り返ると、小十郎が鋭い眼光でこちらを睨み付けている。佐助は小さく息を吐いて分かりましたよ、と呟き、幸村の肩に手を掛けた。

「まぁ、とりあえず外の空気でも吸ってこようよ、旦那」



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−




庭の池の水面に映る満月を見下ろしながら、幸村は一つ、大きな溜息を吐いた。

「…あのような叫び声を上げてしまうなど、誠に情けない…」

萎れた幸村の姿を横目に見ながら、佐助は軽く鼻の頭を掻いた。幸村に中途半端な説明をした自分も悪かったと、責任の一端を感じながら、佐助は何とか慰めの言葉を探した。

「まー…、そのー…、旦那も初めての事で吃驚したのは分かるけどねー…」
「吃驚どころではないぞ!!」

幸村は勢いよく顔を上げ、拳を握りしめて佐助に詰め寄った。

「佐助は教えてくれなかったではないか!その…伽というものが、あのように…色々と、はっ、破廉恥な事をするのだと…」
「あー…」

流石の佐助も困惑し、ちょっと口籠もってしまった。この奥手な主に、秘め事の何たるかを一朝一夕の間に説明するのは、ちと難しい。独眼竜ももうちょっと手加減してくれればいいのに、と思ったが、自ら伽をする、と気負い込んで奥州に向かったのは幸村だし、それを焚き付けるような事を行ったのは佐助なので、政宗ばかりを責める事もできない。

「…そうは言ってもさー、想い交わした恋人同士が、そのー、体を重ねるっていうのは自然な事だし、竜の旦那だって、きっとそれを望んでると思うよ?それに、えーと、最初は戸惑うだろうけど、慣れれば、そのー、きっと、すごく心地よく思えるだろうしさー…」

いつもの流暢な喋りはどこへ行ったか、佐助がしどろもどろに言葉を絞り出した。それを聞いて幸村は険しい顔をした。

「こっ、心地良いなどと…とんでもない!いっ…痛かった…ぞッ!」

「あちゃー…」

佐助は思わず額に掌を当てた。

「そっ、それに…擽ったかったり苦しかったりで、まるで何かの勝負を挑まれているような気になったぞ!あれが伽というものならば…俺には…もうできぬぞ!」

先程までの行為を思い出したのか、幸村が顔を赤くしながら口を尖らせた。それを見て佐助は小さく首を横に振った。

(然しもの独眼竜も、真田の旦那相手じゃ手こずったようだねぇ…)

眼に当てた指の隙間から幸村の顔を垣間見つつ、佐助は少々、政宗に同情を禁じ得なかった。恐らく政宗は至極順当に事を進めていったと思われるが、この唐変木が相手ではそれも形無しだったであろう。佐助は軽く顎を撫で、暫し考え込んでいたが、徐に口を開いた。

「旦那の衝撃も分かるけどさ−、竜の旦那だって、旦那に拒絶されて少なからず傷ついたんじゃない?」
「…!」

それ迄、己の気持ちしか考えていなかった幸村は、佐助の言葉を聞いてはっとした。そういえば政宗は、充分すぎる程待った、と言っていた。自分に触れたいという気持ちをずっと我慢していたのだ、という事に改めて気付き、幸村は眉尻を下げて項垂れた。

「兎に角、竜の旦那の所に行って、仲直りしてきなね!それから、今晩は竜の旦那と一緒に寝なさいよ」
「なッ…!」

幸村は、佐助の思いがけない言葉に驚いて顔を上げ、目を瞠った。

「べ、別に喧嘩をした訳ではないぞ!…そ、それに俺はもう…」
「旦那が嫌だってんなら何もしなくていーからさ!とりあえず、竜の旦那と一つお布団で一緒に寝てみなさい、ね?」
「う…」

佐助の言葉は柔らかいが、有無を言わせぬ威圧感があった。幸村は何故か反論できず、そのまま押し黙り、最後には小さくうん、と頷いた。

「それじゃー、行ってらっしゃい、旦那!」

佐助が力強く幸村の背中を押す。幸村は困惑した表情で二、三度佐助の方を振り返ったが、おずおずと政宗の居る寝所へと歩き出して行った。

(全く、ホントに世話が焼けるよ…)

佐助は肩を窄めて溜息を吐き、頭の後ろに手を組んで、青白い光を放つ満月を見上げた。

「…後は独眼竜の器量次第、だね。まぁ頑張って、竜の旦那ー」



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−




幸村と佐助が寝所を出て行った後、小十郎は主の顔をちらりと見ながら深い溜息を吐いた。その様子を見た政宗は、苦々しい顔をして小十郎に一瞥をくれた。

「…ンだよ小十郎、言いたい事があンならはっきり言え」
「…恐れながら」

小十郎は背筋を伸ばし、その場に畏まった。

「急いては事をし損じる、と言いますが…正しくその通りになったようですな」
「…嫌味か」

政宗がさも不機嫌そうに小十郎を睨め上げた。小十郎は一つ咳払いをし、軽く頭を下げた。

「…いえ。ただ…真田が色恋沙汰に対して非常に疎い男だということは、政宗様もよくお分かりだった筈でしょう」
「Ah…よーく知ってるぜ。だから俺も一応は…手加減してやったつもりだぜ。だがな…あそこまでガキだとは…いくら何でも俺の想像の範疇を超えていたぜ!」
「無理強いはされておられぬと?」
「う…」

小十郎に問われ、政宗は一瞬、言葉に詰まった。確かに最初は加減しているつもりだった。だが途中から、余りにも執拗に政宗を拒む幸村の態度に腹を立て、気遣いなどというものが頭の中からすっぽりと抜け落ちてしまった事は確かだ。

冷静になって考えてみれば、幸村は、秘め事はおろか、女に手を触れる事さえ恥じらう程の奥手、まだまだ情緒の幼い少年なのだ。嫌がった時点で止めてやれば良かったかと、政宗の胸中に苦い後悔が走った。

「Shit…」

政宗は軽く舌打ちした。渋い顔をする政宗を宥めるように、小十郎がゆっくりと口を開いた。

「政宗様、今宵のうちに、真田に謝った方がよろしいですぞ」
「…あン?俺が悪いってぇのかよ?」
「いえ。見ていた訳ではありませんので、どちらが悪いかを判断する事は出来かねます。…ですが、喧嘩両成敗、と申しましょう。それに、時が経てば経つ程、こじれてややこしい事になります故、謝るのは早い方がよろしいかと」

政宗はちらと小十郎の方に目を遣った。小十郎は至って真剣な表情で政宗を見詰めている。

「O…K。分かったよ、小十郎」

小十郎に言いくるめられたような気がしないでもないが、自分にも非があった事も否めない。政宗は素直に小十郎の言い分を受け入れる事にした。政宗が小さく頷いたのを見て、小十郎は漸く安堵したように表情を緩めた。

「では…失礼致します」

小十郎は政宗に向かって深々と頭を下げ、部屋から退出した。廊下に出て障子を閉めたところで、空に浮かぶ満月を見上げ、顎を撫でながら独りごちた。

「…向こうはあの忍が上手く言い含めている事だろう。まぁ、心配は…要らねぇ、か」



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−




小十郎が歩き去ってゆくのを見送って、幸村はこそりと政宗の寝所を覗き込んだ。政宗は褥の上に片膝を付いて座り、ぼんやりと煙管を吹かしていた。幸村は一瞬躊躇い、怖る怖る声を掛けた。

「…政宗殿」

幸村の声に気付いた政宗は煙草盆を軽く叩いて灰を落とし、ふうと煙を吐いた。そしてそのまま、掠れた声で低く言った。

「…入れよ」

幸村はおずおずと寝所の中に入り、障子を閉め、そっと足を進めて褥の傍に歩み寄り、その場に正座して畏まった。そしてちら、と政宗の顔を見上げた。幸村の方から見える政宗の横顔は眼帯で隠されており、表情が分からない。だが口角は不機嫌そうに下げられたままだ。

(怒っておられる…)

幸村は眉尻を下げ、目を伏せた。最初に、伽をするなどと言い切ったのは自分である。なのに途中で抵抗して、あまつさえ悲鳴を上げて逃げ出してきたのだ。機嫌を損ねて当然だ、と、幸村は身を竦めた。

「あ、あの、政宗殿…」

兎も角、非礼を詫びなければ、と、幸村は焦って言葉を探した。額から一筋、汗が伝って落ちた。その時、

「Sorry、悪かった」

政宗がゆっくりと身体を動かし、幸村の方を向いた。そしてすっと手を伸ばし、幸村の髪をくしゃりと掻き混ぜた。幸村は一瞬、びくりと肩を上下させたが、瞼を上げ、目を瞬きながら驚いたように政宗の顔を見た。

「アンタが俺の思い通りにならなかったから、つい気が急いた。…すまねぇ」

幸村は恐縮し、慌ててふるふると首を横に振った。

「そ、そんな…。某の方こそ、申し訳なかったでござる…」

暫し目線を交わした後、二人の間に自然とはにかんだ笑みが零れた。政宗は幸村の頭に手を置きながら静かに言った。

「アンタも…少なからずShockだったろ。もういいから、ゆっくり寝ろよ」

気遣うような政宗の言葉を聞いて、幸村は少し戸惑ったような表情を見せたが、そろそろと口を開いた。

「あの…某、政宗殿と一緒に寝ても…ようござろうか?」

幸村からの意外な申し出に、政宗は思わず左目を見開いた。

「…アンタ、さっきので懲りたんじゃねぇのか?」
「あ、いや、その、とっ…伽をするというのではなく、ただ、一緒に寝るだけでござる…。まっ、政宗殿がお嫌ならば別に…」

あたふたする幸村を見て、政宗は小さく鼻先で笑った。精一杯の勇気を振り絞って言ったのであろう言葉。例え抱く事が叶わなくても、政宗にとって幸村が何より愛しい存在である事に変わりはない。政宗はすっと手を伸ばし、幸村の身体を抱き寄せて、そのまま褥に引き入れた。

「…あっ、わっ、ま、政宗殿…!」
「Not to worry。無理強いはしねぇから、安心しな」

政宗は身を横たえ、幸村の顔を自分の胸に埋めさせた。緊張して身を強張らせたままの幸村の背中を、政宗はそろりと優しく撫でた。

「もっとRelaxしろよ?」
「…え?」
「体の力を抜け、って言ったんだ。俺の背中に手を回してみな」

政宗に促され、幸村は遠慮がちに政宗の背中に手を回した。幸村の手が作っていた胸元の隙間が無くなり、二人の身体がぴったりと寄り添った。政宗は幸村の緊張を解すように、背中を擦り続けている。

(…暖かい………心地良い)

幸村の背中に政宗の手の温もりが伝わる。幼い頃、怖い夢を見て泣き出した幸村の背を、母が優しく擦ってくれた記憶が幸村の脳裏に蘇り、自然に身体からふっと力が抜けていった。幸村の鼻先を、先刻まで政宗が吸っていた煙草の残り香が擽っていく。幸村には馴染みのない、だが快い香り。幸村は柔らかく目を伏せ、無意識のうちに政宗の背に回した手に力を入れていた。

「…幸村」

政宗が、幸村の眦に軽く唇を寄せた。幸村はびくりと身を震わせ、一瞬固く目を閉じたが、ゆるゆると瞼を上げた。

「政宗…殿…」

政宗の端正な顔が幸村の瞳に映った。すぐ目の前で、政宗の隻眼が自分を見詰めている。その眼差しが、とても優しいものだという事に気付き、幸村は少し頬を赤らめた。政宗の唇がそっと自分の唇に重ねられた時、幸村は黙って静かに目を瞑った。

「今度は抵抗しねぇんだな」

政宗が小さく笑う。幸村はばつが悪そうに口を尖らせた。政宗は目を細め、再び、そして深く口付けた。

(心地良い………そうか…)

深く合わせられた唇の熱を感じながら、幸村はひたひたと寄せる歓喜に身を委ねていた。吐息が絡まり、幸村の身が熱を帯びた。

「まさ…むね…どの」

重なった唇の隙間から、幸村が小さく政宗の名を呼ぶ声が漏れる。艶めいた声に応えるように、政宗がゆっくりと幸村の舌を吸った。

「ん…」

幸村の吐息が荒くなり、心臓の鼓動が早まる。生まれてこのかた感じた事の無い悦びに身を貫かれ、幸村は小さく身をぶる、と震わせた。政宗はそのまま、幸村の下腹部にするりと手を滑らせた。

「わっ!!ど…どこを触って…!!」

瞬間、幸村が目を見開いて裏返った声を上げた。政宗は唇を離し、幸村の顔を見詰めたが、軽く口角を上げながら言った。

「気持ちいいンだろ?」
「なッ………!!」
「そう言ってるぜ、コッチは」

政宗は不敵に笑い、兆しを見せた幸村の下腹部を手で覆った。幸村は頬を真っ赤に染め上げ、何か言いたげに口を動かしたが、声にはならなかった。

「〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「素直になれよ」

政宗に促され、幸村は恥ずかしげに視線を彷徨わせた。そして小声で呟いた。

「そ、そ、某、なんと破廉恥な……」

政宗は思わず、くっと声を出して笑った。そして幸村の耳許に口を寄せ、そっと囁いた。

「何言ってンだよ、至極当たり前の反応だぜ?俺は、アンタが正常な男だったって事に安心してる所だぜ」

そう言うと政宗は再び、幸村に口付けた。触れられる政宗の唇は、まるで甘露のように甘く優しく、幸村の心を震わせる。

「…Be mine」

掠れた声で政宗が綴った言葉の意味は、幸村には分からなかった。しかし政宗が幸村の夜着の帯を解き、そっと前合わせを開けた時、幸村は潤んだ瞳で政宗の顔を見上げ、小さくこくりと頷き、静かに政宗に身を委ねた。

政宗は笑みを零し、緩やかに幸村の身体の上に自分の身を重ねた。焦る事は無い、ゆっくりと愛でてやればいいと、政宗は己の熱情を刻み付けるように、幸村の胸元に唇を寄せ、赤い花を散らせた。

風に乗って甘やかな花の香りが仄かに漂ってくる。音のない静かな夜が身を重ね合う二人の熱を包み込んでゆく。それは、夜空を明るく照らす篝火のように激しく燃えさかり、やがて早春の空気の中へと溶け込んで、空が白む頃に優しく消えていった。




2010/03/12 up

ギャグなんだかえろなんだか甘々なんだか…闇鍋みたいな話になってしまいました(汗)