利家は慌てて校舎の陰に身を隠した。自分の気配を気取られないように息を殺しながら数歩後ずさりをする。二人の姿が完全に視界から消えた所で、利家は緊張を解すように大きく息を吐いた。
「ふうーーーーっ、お、驚いたあーーーー」
額に滲んだ汗を手で拭いながら、利家はまだ自分の見たものが信じられずに居た。
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今日は、利家が顧問を務める剣道部の練習日。夏休みだが張り切って学校に出て来た利家だが、少々不満に思う事があった。三月に、それまで主将だった伊達政宗が卒業してからというもの、今一つ部員達に覇気が感じられない。確かに政宗の強さは群を抜いており、他の部員は政宗に憧れ、政宗のように強くなりたいと練習に励んでいた。そんな、部員達の目標であった政宗が道場に居ないだけで、皆、緊張感と集中力に欠けている。これではいかん、と懸念した利家は、政宗に連絡し、道場に顔を出すように頼んだのだ。
「…ったく、てめぇも顧問なら、自分で何とかしろよ」
悪態を吐きながらも、政宗は学校に来る事を約束した。
昼を過ぎ、そろそろ来る頃だろうと、利家はふらりと校庭に出てみた。すると政宗が校庭を横切って行くのが目に入った。
「おーい、伊達!待ってたぞ!」
利家は声を掛けたが、政宗の耳には入っていないようだった。政宗は厳しい面持ちで校舎の裏に足早に歩いて行った。
「…なんだあ?どうした、アイツ」
利家は怪訝な顔をし、政宗が消えた校舎の裏へと足を向けた。
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利家が校舎の裏をひょいっと覗くと、そこには二年の真田幸村が政宗と一緒に居た。何があったか分からないが、幸村が泣いている。
「おいおい、揉め事か?いかんぞ、喧嘩は」
利家が仲裁をしようと二人の方に足を踏み出そうとしたその時、政宗が幸村の身体を引き寄せ、ゆっくりと口付けた。
「なっ、なっ、な、ななななんとぉーーーー!!!」
思わず大声が出そうになり、利家は慌てて自分の口を手で塞いだ。何かの見間違いかと思ってもう一度、二人の方を見遣ったが、熱く唇を重ねる政宗と幸村の姿が目に入り、咄嗟に目を逸らした。
「と、と、とりあえずこの場から去らねば!」
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「だ、伊達と真田がそういう関係だったとは…。あいつら、まだ高校生だろ…って、伊達はもう大学生だったか…、いやそういう問題じゃないだろ!…てかそもそもあいつら男同士だろ!」
利家は動揺し、色々と自分で自分に突っ込みを入れる。校舎の壁に体をもたれかけ、溜息を吐いた。
「あいつら、本気なのか…?」
「と、利家先生!?どうしてこんな所に?」
不意に声がして、利家は慌てて振り返った。そこには幸村が立っていた。
「さ、真田!いや、あの、その、お、俺はだな…」
利家はしどろもどろに言い、目を泳がせた。すると視界の中に政宗の姿が入った。
「そ、そう!伊達を迎えに来たんだ!きょ、今日はホラ、剣道部の練習があって…」
「あ、そうだったんですか…」
見られていたとは露程にも思っていないのだろう、幸村は利家の言葉をすんなり信じたようだ。だが政宗は利家に鋭い目を向け、幸村には聞こえないように小声で言った。
「覗いてんじゃねぇよ、出歯亀教師」
「なッ…」
いつもなら、教師に向かって、と説教をする所だが、今日は何も言い返せない。利家は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「じゃ、俺は部活に戻ります。政宗先輩も頑張って下さい」
幸村が政宗に向かって、ちょっとはにかんだ笑顔を向ける。それに応えるように、政宗も柔らかい微笑みを幸村に向けた。政宗がこれほど優しい笑みを誰かに向けるのを初めて見て、利家は思わず小さく声を出した。
「へぇ…」
「なんだよ、利家。道場に行くんだろ、サッサと行くぞ」
俺は教師だぞ、と怒鳴る利家を後目に、政宗は道場へと歩いて行った。利家は頭を掻きながら、幸村と政宗が交わし合った笑顔を思い返した。
利家の頭を、慶次がいつも言っている言葉が過ぎっていった。
『命短し、人よ恋せよ、ってね』
「ま、何にせよ、恋するってのは悪い事じゃないよな。まぁ頑張れよ、二人共」
月寒江清