D-13. Landscape

「やー、待ちに待ったお昼休みだぜー。幸村、飯だ飯だ、飯にしようぜ!」

四限終了のチャイムと同時に、慶次が諸手を挙げて幸村に声をかけた。

「ご、ごめん慶次、今日は俺…」
「あ、そうか、今日は水曜日だったっけ」

毎週水曜日と金曜日、幸村は政宗と一緒に昼休みを過ごす約束をしている。今日は天気が良いので、政宗は屋上に行っている筈だ。幸村は佐助の作った弁当を小脇に抱え、慶次に向かって頭を下げた。

「ごめんっ!」
「気にすんなって!行ってきな!」

慶次は朗らかな笑顔で幸村の背中をばん、と叩いた。幸村は右手を振り、急ぎ足で教室を出て屋上へと向かった。屋上までは、一年生の校舎よりも三年生の校舎の方が近い。政宗先輩はもう来ているかな、と思いながら、幸村は階段を駆け上がり、屋上へ出る重い鉄の扉をゆっくりと押した。

幸村が屋上を見渡すと、コンクリートの壁の向こう側に人影が見えた。誰かが足を投げ出して、壁にもたれて座っている。幸村はくすっと笑い、足音を忍ばせてそっと近付き、後ろから肩を叩いた。

「政宗先輩ッ!」

不意に声を掛けられてはたと振り返ったその人物の顔を見、幸村は飛び上がらんばかりに驚いた。

「も、も、元就先輩!!?」

思わぬ人物の存在に、幸村は焦りに焦り、目を白黒させ、金魚のように口をぱくぱくさせた。何か言おうとしたが、それ以上言葉が出てこない。あたふたする幸村に一瞥をくれ、元就は小さく息を吐いた。

「…伊達ならおらぬぞ」

元就に言われ、俄に幸村は赤面した。そして深々と頭を下げた。

「す、すみません元就先輩!!お、俺、早とちりしちゃって…」
「…構わぬ」

元就は面倒臭そうに言い、幸村から目線を外し、前を向き直った。幸村はおずおずと顔を上げ、この場をどう繕ったら良いだろうか、と悩んだが、ふと元就の手元に目が留まった。

「うわー、綺麗!」

思わず感嘆の声を上げ、幸村は元就の手元を覗き込んだ。元就の膝の上にはスケッチブックが乗っており、この屋上から見える緑鮮やかな風景が写し取られていた。使われている色数は決して多く無いものの、パステルで塗られた空の青と柔らかい緑のグラデーションが紙上を美しく彩っている。幸村は暫し、その風景画に見入ったが、元就が眉を顰めて幸村の顔を見上げたので、びくりとして二・三歩後ろに下がり、慌てて手で口を押さえた。

「すっ、すみません!…余りにも綺麗な絵だったので…つい…」

「…」

元就は無言で幸村の顔を眺めている。無表情で冷たい切れ長の目に見上げられ、幸村はおおいに焦り、蛇に射竦められた蛙のように、直立不動のまま、その場に立ち竦んだ。幸村の頬を一筋の汗が伝っていった。

…次の瞬間。

「…ならば、お前にやろう」

元就は微かに笑い、風景画の描かれたページをスケッチブックから切り離し、ついと幸村の前に出した。

「…え?」

幸村は一瞬、何が起きたか理解する事ができず、呆然と元就の顔を見た。

「…要らぬのなら、捨てるが?」

元就が静かに言い放つ。幸村ははっとして、慌てて口を開いた。

「い、要ります!…で、でも、いいんですか、貰っちゃって…」
「…構わぬ。また、描けばよいだけの事」

そう言うと、元就は幸村に絵を手渡し、徐に立ち上がった。そしてゆっくりと屋上の入り口に足を向け、扉に手をかけた。

「も、元就先輩!」
「…まだ何か我に用か」

元就が振り返り、表情を変えずに抑揚のない声で呟くように言う。幸村は対照的に、にこりと微笑んで明るい声で叫んだ。

「あの、ありがとうございます!俺、この絵、大事にします!」

それを聞いて元就は鼻先でふっと笑った。扉を開けると、丁度入れ替わりに政宗が屋上へ上がってきた所だった。意外な人物が居た事に、政宗は驚きを隠せず、目を瞠って元就の顔を見たが、元就は再び氷のような無表情で、政宗の横を擦り抜け、階下へと降りて行った。

「アイツ…何してたんだ?」

怪訝そうな顔で政宗は幸村に訊ねた。幸村は慌てて手に持った絵を隠し、知らないというふうに首を横に振った。

「まぁいいか。遅くなって悪かったな。腹減ってるだろ?飯にしようぜ」

幸村は頷き、政宗の傍に腰を下ろした。そして弁当箱の蓋を開けながら、小さく項垂れた。…思わず政宗に嘘を吐いてしまった。政宗に隠し事をするのは、喉の奥に小石が詰まったような心苦しさがある。しかしなんとなく、話してはいけないような気がしたのだ。絵をくれたのも笑顔を見せたのも、元就のほんの気紛れかもしれない。だが、孤高の将、氷の毛利などと渾名される元就の意外な面を垣間見られた事が、そこはかとなく嬉しかった。幸村は政宗に対して後ろめたさを感じてもじもじし、ちらと政宗の顔を見て言った。

「…政宗先輩、卵焼き、食べませんか?」
「ん?…ああ」

幸村は自分の弁当箱の中から箸で卵焼きを掴み上げ、政宗の口許に運んだ。政宗はそれを口に入れ、小さく笑って美味い、と言った。その笑顔に幸村の胸がちくりと痛み、心の中ですみません、と小さく詫びた。



09/12/18 up

気紛れナリ様。 ナリユキっぽいけど、ダテサナです。(そこはガチです!)