「やっぱりのびてる…」
幸村が、素麺を箸で抓み上げながら不満そうに呟いた。ふやけた麺を啜りながら、政宗は飄々とした顔で答える。
「食えりゃいいだろ」
「…折角、政宗の帰宅時間に合わせて茹で上げておいたのに…」
「早く食わないのが悪い」
「なッ…!」
幸村は箸を止め、ささやかに抗議するようにぷうと頬を膨らまし、政宗の方を見た。
「ま、政宗が…変な事するからだろ…!」
「…アンタだってその気になってたじゃねェか」
「う…」
幸村の顔がかっと赤くなる。何か言い返そうと言葉を探すが、口では政宗の方が一枚も二枚も上手で、口下手な幸村が敵う筈もない。
「早く食わねぇともっとのびるぞ」
政宗は手に持った硝子の器の中に、ざるから掬い上げた素麺を一掴み、落とし入れた。薬味の紅葉卸しと絡ませ、口に運ぶ。仄かな辛味が口の中に広がって自然と箸が進んだ。政宗の横で小声でぶつぶつと文句を言っていた幸村は、ふと笊の中に目を遣り、がばと顔を上げた。
「ああッ!!」
幸村が突然大声を上げたので、政宗は至極驚き、箸を止めた。
「な、なんだよ?」
「素麺!赤いの!!食べただろ!!」
「アアン?」
政宗は眉間に皺を寄せ、自分の手元から、卓袱台の上に置いてある笊に目線を移した。そういえば、一本だけ入っていた赤い素麺が無くなっている。どうやら無意識の内に掬い取り、食べてしまっていたようだ。
「Ah、食べちまったか。悪ィ」
「…赤いのは俺のだって、いつも言ってるのに!」
幸村はいつも、この赤い素麺を食べるのを楽しみにしている。赤だって白だって味に違いはないだろう、と政宗は思うのだが、幸村にしてみれば特別な拘りがあるらしい。
「…ガキ」
幸村が口を尖らせて拗ねている様を見、政宗は肩を竦めて息を吐き、呆れたように言い放った。そして無言で持っていた器を卓袱台に置き、瓶に残っていたビールをコップに注いだ。ぬるくなったビールを一気にあおり、政宗はもう一つ、溜息を吐いた。
二人の間に暫し、沈黙が降りた。幸村は正座した膝の上に両の拳を握り置き、俯いて気まずそうに黙っている。どこかで歌っていた蜩の声がいつの間にか止み、窓外の風景は薄暮に包まれて、淡い闇の中に沈もうとしていた。やがて、いたたまれなくなったように幸村がおずおずと口を開く。
「…ごめん」
政宗はゆっくりと幸村の顔に視線を落とした。身を固くし、忙しなく何度も何度も瞬きをする幸村の表情は、親に叱られて落胆し、今にも泣き出しそうな子供のように見えた。政宗は鼻先で軽く笑い、幸村の方へ身を乗り出して、両腕でその身体を強く抱き締めた。
「バカだな、アンタ」
その言葉にむっとして突き出した幸村の唇に、政宗は己の唇を軽く触れさせた。そして額をこつりと合わせ、微笑した。
「汗、掻いたな。銭湯、行くか」
「………うん」
政宗の笑みを見て、幸村もようやく口元を緩めた。幸村はちょっと照れたように政宗から目線を外し、するりと政宗の首の後ろに両腕を回して、甘えたようにしがみついた。
「…政宗」
「ン?」
幸村は少し顔を上げ、政宗の左目を覗き込んだ。そして何か言おうと、僅かに唇を動かしたが、小さく首を左右に振って、そのまま言葉を飲み込んだ。
「…なんでもない」
「何だよ、変なヤツだな」
政宗は右手の甲で幸村の頬を優しく撫で、徐に立ち上がった。幸村も続いて立ち上がり、箪笥の上に置いてあった洗面器を手に取って、中に石鹸とタオルを入れた。
「じゃ、行くか」
「うん」
二人は玄関から外に出て、アパートの階段を降りた。少し錆びた鉄製の階段から、二つの足音がもつれ合うように鈍く響く。先程まで空を茜色に照らしていた真夏の太陽はすっかり姿を隠し、夜の帳が訪れた空には無数の星が瞬いている。河川敷は爽涼な空気に包まれ、川縁の草むらから秋の虫の鳴く声が聞こえ、昼間の暑さを忘れさせた。
政宗と幸村は、他愛もない事を止め処なく話しながら河川敷をゆっくりと歩いた。歩きながら政宗がそっと、幸村の手を握る。幸村は照れ臭そうに、だが政宗の手をきゅっと握り返した。
幸村が小脇に抱えた洗面器の中の石鹸箱が、かたかたと音を立てている。何時しか会話も途絶え、繋ぎ合わせた手から伝わりくる互いの温もりを感じ合いながら、二人の姿は静かな夜の中へと消えていった。
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ないと様、ありがとうございましたー! 書いててすごく楽しかったです♪ また萌えトークしましょうー! (^∀^)ノ
月寒江清