朝食の支度が整ったのに、幸ちゃんがまだ起きてこない。いつもニワトリみたいに早起きな幸ちゃんが朝寝坊なんて、普段ならどこか具合でも悪いのか、って焦って様子を見に行く所だけど、今日は理由を知ってるんだよねー。
幸ちゃんは昨日、政宗先輩の家に勉強を教わりに行って、明け方にこっそりと帰ってきた。幸ちゃんは気付かれてないと思ってるだろうけど、俺様、その時たまたま目が覚めちゃって、窓の外から政宗先輩の車が走り去る音が聞こえたんだよね。あの奥手な幸ちゃんが朝帰りなんて、俺様も保護者(?)としては嬉しいような寂しいような、複雑な気持ち。…まぁ、武田先生にバレないようにしないとねー。
そろそろ起こしにいこうか…と思ったけど、廊下の向こうからバタバタと足音が聞こえてきた。
「わー、寝坊したッ!佐助、ゴハンできてる?」
寝不足な筈なのに、朝から元気だよねえ。まあ朝食をちゃんと食べるのは大事な事だからね。
「できてるよー。今日は二限からでしょ?」
「うん。一限が休講になったから。佐助は一限からだよね」
大学生になって、俺様と幸ちゃんは別々の学校になった。休日も幸ちゃんは政宗先輩と会う事が増えてるから、幸ちゃんと過ごす時間は以前に比べてだいぶ減っちゃった。寂しいけれど、まあ親離れの時期なのかもねえ、なんて感慨に耽ったけど…
「幸ちゃん、髪、寝癖ついてる」
「ふぇ?…ろこに?」
「…口に物を入れたまま喋んないの!」
…まだまだ世話が焼けそうだねえ……………って、あれは寝癖よりヤバイでしょ!!
「幸ちゃん、これに着替えていきな」
「タートルネック?今日そんなに寒くないから、別にこのシャツでいいよ」
「…洗面所で鏡、見てきなさい」
幸ちゃんは不思議そうな顔をして洗面所に行った。…そして予想通りの反応。
「うわ、うわ、うわーーーーーーーーーーーーー!!!」
ドタドタドタ、と足音がして、幸ちゃんがリビングに戻ってくる。ああやっぱり顔が真っ赤だ。茹でダコみたい。
「さ、さ、さすけーーーーー!!」
「はい、分かったら着替えといで」
幸ちゃんは俺様の手からタートルネックを引ったくって、またバタバタと自分の部屋へ戻って行った。ふーヤバいヤバい。あのまま学校に行ってたら大変だよ。…首筋に、ご丁寧に右と左に一つずつ、赤く浮き出たキスマーク。
「さ、佐助、これはその…虫に刺されて…」
着替えた幸ちゃんがドアの陰からおずおずと覗いてる。…ってゆーか、今時そんな言い訳、中学生でもしないでしょ。
「はーいはい、随分と大きな虫だったみたいだねー。んじゃ、俺様は学校に行くからね。後よろしくー」
振り返ると、幸ちゃんが赤い顔のままぷうと頬を膨らましたのが見えた。全く、やっぱりまだまだ子供だよねえ。まあ、もうしばらくは俺様が面倒見ましょうかね。いつか、政宗先輩にバトンタッチする、その日まで、ね。
月寒江清