A-05. 一寸ばかりの悪巫山戯/成実

「政宗殿…お会いしたかったでござる。この幸村、遠路遥々、愛しい貴殿に会いに来たでござる………ぅぐわっ!」

背中から忍び寄り、両手でそっと目隠しをして耳許で囁いた途端に、鳩尾に強かに肘打ちを喰らわされた。全身に衝撃が伝わり、思わず腹を押さえて二・三歩、後退りをした。

「…ひっでぇな、梵天!いきなり何しやがる!」
「…それはこっちの台詞だ、藤五!一体何の真似だ!?」

ちょっとばかり幸村の振りをして、梵天をからかってやろうと思っただけなんだが、流石に俺が幸村の声色を真似るのは無理があったか。しかしいきなり肘打ちするたぁ、従兄弟に対してひでぇ仕打ちじゃねえか?

「お前が随分と黄昏れてるからさ、梵天。ちょいと元気づけてやろうと思ってよ」
「…気色悪ィ真似すんじゃねぇ」

梵天は俺にじろりと一瞥をくれて、再びふいと前を向いちまった。そうは言われてもなぁ、さっきの、あんな憂い顔を見ちまったら、こっちも流石に気になるっての。俺は梵天がまだちっさいガキの頃から良く知っているが、あんな切な気な表情、終ぞお目にかかった事がねぇ。それもこれも、みな、あの紅蓮の鬼、真田幸村のせいなんだろうなぁ。

「…ンなに会いてえんなら、会いに行っちまえばいいじゃないか。それとも何か?奥州筆頭ともあろう者が、想い人恋しさにわざわざ甲斐まで出向くってのは、矜持が許さないってか?」
「五月蠅ぇってんだろ、黙れ阿呆」
「阿呆って何だよ!」

罵られてむかっ腹が立ち、思わず拳を握って立ち上がったその時、廊下の向こうからばたばたと忙しない足音が聞こえてきた。この伊達屋敷の奥の梵天の私室まで許可無く入ってこられる奴ぁ、俺の他には小十郎しかいねえ。

「政宗様、斥候の者からの報告によりますと、上田付近の国境にて、武田軍といずこかの軍勢が小競り合いを起こしている模様にござります。それ程の大事ではござりませぬが、火種は小さい内に消しておくのがよろしいかと」
「何だと?…OK、すぐに出るぞ、小十郎」
「承知。馬を用意させましょう」

国主として諍い事を収めるのは責務、とでもいう風だが、俺は見逃さねえ。梵天の左目が実に嬉しそうな色を湛え、きらりと光ったのをな。

「良ーかったじゃねえか、梵天。これで真田幸村に会いに行く大義名分が立ったなァ…ぅぎゃっ!」

言い終わるか終わらないかの内に、振り向き様に梵天の野郎が俺の横っ面に拳を叩き込みやがった。

「てめぇは連れて行かねぇからな。…ここで留守番でもしてやがれ」

梵天はふん、と鼻を鳴らし、そのままずかずかと立ち去って行きやがった。…くそ、マジで痛ぇぜ。本当は嬉しいくせに、素直じゃねぇ奴だ。

まぁ何にしても、あの、刀振り回すしか頭に無かった戦馬鹿の梵天に初めて芽生えた恋心ってヤツだ。相手が敵方の武将だってえのがちと問題だが、例え誰が反対しようとも、幼なじみの俺だけは梵天の味方になってやるか。この心優しい従兄弟、伊達成実様が、な。



2010/01/30 up

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